電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

2011-12-01から1ヶ月間の記事一覧

葦原骸吉が選ぶ2011年度の「空気読まない大賞」

日本社会では「空気を読む」ことが何より美徳とされる。が、以前も述べたけれど、わたしは「空気を読め」というのは、結局は人に同意を迫る暴力だと思っている。 そして、狭い世間で目の前にいる身内だけの「空気を読んだ」ために、より広い視野では、崖から…

葦原骸吉2011年の収穫

1.(とくになし) 本年は「とくになし」です。 あえて言えば、震災やら、原発事故やら、カダフィ謀殺やら、ビンラディン謀殺やら、ロンドン暴動やら、中国列車事故やら、健康診断の結果が高血圧やら、友人が借金返さんやらの現実の前に、読書やら映画鑑賞や…

本年の言い訳

というわけで例年やってる「本年の私的ベスト10」なんですが……情けないことに最初に言い訳です。本年は本業やら何やらで無駄に多忙のため(単なる当人の不手際)、仕事と無関係な読書とかがろくに進まず、ほとんど内容がガラガラです。 (まあ仕事と震災に関…

(6)2000年代後半 非モテ運動と麻生ブーム

――以降は現在と地続きである。2005年にはオタク受けしやすいアニメ絵の『マンガ嫌韓流』が刊行されて大ヒットし、口真似の元ネタを小林よしのりから山野車輪に取り替える人間が続出した。 ただし一方では、オタクの中でもインテリ層の一部には「左翼=インテ…

(5)2000年代前半 小泉改革の功罪

インターネットの普及初期にも、どこの誰が被差別部落出身だったり在日だと暴露するようなサイトはあったが、ごく少数派のアングラ系サイトだった。 それがゼロ年代前半、小泉純一郎首相のもとで新自由主義が進んでから、ネット世論で少数被差別者への差別的…

(4)1990年代後半 オタクの国粋化と差別のポップ化

1990年代の後半のオタク文化といえば「『エヴァ』バブル」である。1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』のヒット以後、急にスノッブなアニメ評論が増えた。さらに押井守監督の『攻殻機動隊』がアメリカで大ヒットしたとかで「ジャパニメーション」とか、のち…

(3)1990年代前半 戦争観の変化とリベラル左派への懐疑

1989年にはベルリンの壁がなくなり、1991年にはソ連が崩壊し「社会主義や共産主義は一切間違ってました」ということになった。 しかし長期的視野で見た場合、冷戦体制崩壊より1991年の湾岸戦争の方が、オタク文化に影響しているかも知れないという気がする。…

(2)1980年代の「軽薄短小」若者文化とオタク

1980年代に入ると、実際に「おたく」という語句と「いい歳して漫画やアニメやゲームのマニア」というスタイルが生まれる。 その頃にはSFや漫画のマニアも大衆化している。当時は「軽薄短小」の時代と言われた。オタクも基本は享楽文化であるから、とくに思想…

(1)1960〜1970年代の初期SF文化と左翼

「オタク」の語句もなかった1960〜1970年代当時、最初期のSFファンの中には、左翼志向のある人も少なくなかった。 『日本沈没』ほかで有名な小松左京は、元共産党の山村工作隊員である。中村真一郎、福永武彦、堀田善衛による映画『モスラ』の原作『発光妖精…

オタクは右傾化したのか?

先日、今さらネット世論での麻生太郎人気について述べたが、あえて今さらついでに「オタクは右傾化したのか」について考えてみたい。 ハッキリ言って「オタクと右翼・左翼」という話は、それで一冊本が書けるだけの(しょーもない)論題になるが、俺のような…

「趣味」だけでつながる関係のもろさ

かつて田中角栄は1970年代のロッキード事件で失脚した後も、地元新潟では絶大な支持を得ていた。地元に新幹線を通すなど露骨な利益誘導の賜物だが、彼が良くも悪くも地元民に愛されたのは、そればかりではなかったようだ。 こんな伝説を聞いたことがある。選…

文化的な無責任/汗臭く泥臭い責任感

「オタク」と「ヤンキー(DQN)」という二項対立でものを語りたがる人は多い。先日、こういう意見を目にした。 先に結論を書いておくと、私はDQNは必ずしも成熟しているわけではなく、単に「人生という名のRPGにおける、「メインイベント」の進捗率が…

アムウェイのキモさの正体

深夜に先輩から電話があった(以下先輩の発言は大意を要約) 先輩「ネットで変なビジネスに勧誘された。なんか、アムウェイとかのネットワークビジネス(マルチレベルマーケティング、連鎖販売)みたいな感じ」 わたし「へえ」 先輩「でもさ、確かにアムウェ…