電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

「納豆菌は賢者の石」説

PHP文庫『伝説の「魔法」と「アイテム」がよくわかる本』(isbn:4569670431)が刊行。
今回は――
1.戦闘系の魔法とアイテム
 (メドゥサの邪眼、孫悟空の神仙術etc)
2.回復系の魔法とアイテム
 (聖杯、霊薬エリクサー、人魚の肉etc)
3.変化系の魔法とアイテム
 (ゼウス神の変身術、児雷也の変化忍法etc)
4.操作系の魔法とアイテム
 (ソロモン王の悪魔召喚、ハメルンの笛吹き男etc)
5.特殊系の魔法とアイテム
 (諸葛孔明の遁甲術、錬金術ホムンクルス生成etc)
――といった構成で、『「世界の神々」がよくわかる本』(isbn:4569665519)以来、このシリーズでは、世界の神話や伝承から「キャラクター」を紹介する形を取ってきましたが、今回は「能力や術」で分類した結果、古代のギリシァ神話のエピソードと近世の日本の講談が同じ項目に並んだり、西洋の錬金術と東洋の陰陽道が同じ項目に並んだり、といった、なんだか不思議な、しかしまあ、これはこれでユニークな並びになってます。
まあ、詳しくは書店で本書を手にとって頂けるとありがたいです。
当方は「5.特殊系の魔法とアイテム」を担当。遁甲術の解説で、さりげなく、北朝鮮の伝説では金日成が「縮地法」を使ったといわれてる話も書いたw
また、錬金術のアイテムとして有名な「賢者の石」の解説では「納豆菌は賢者の石」という仮説を提唱……おい待て、石を投げるな! 論拠はあるんだ!
いいか、なんでも、近代以前の西洋の自然観では、金属などの無機物の化学変化も、葡萄からワインが生成されるような有機物の腐敗や発酵も、火・水・風・土の四元素を包括した神秘の第五元素(「賢者の石」と同一視された物)の働きだと考えられたという。
ならば、ヨーグルト菌も納豆菌も「第五元素」ではないかwww
これは現代の科学的認識ではトンデモな発想だが、そもそも目に見えない細菌とか酵素の働きという概念自体が無かった時代には「神秘の第五元素」の存在が本気で信じられた。
この手の「科学的錯誤」は、時代状況次第でいくらでもある。
ナチズムは本気でゲルマン民族の優秀性を「生物学的に」論証しようとしたし、マルクスは資本主義の発達が貧富の差の拡大と革命を生むことが「科学的」な必然だと説いた。
現在これらをトンデモ珍説と嘲笑するのはたやすい。だが、今現在に科学的事実と信じられていることが、将来新たな学説で覆る可能性だってありえるのだ。
いつの時代でも、その時に流布している認識が真理である保証はどこにもないのである。

人間心理の逆説について

と、いったところで、前回の、映画『靖国 YASUKUNI』の話についてのエントリに少しだけ補足したい。
先日触れた「街宣右翼愛国者のイメージ悪化を狙った反日勢力の自作自演」という説を信じたがっている人間は案外多いらしいので、この機会に、それについて述べておく。
多くのいわゆる街宣右翼団体に、じつは在日や同和関係者が少なくないというのは、事実である。
しかし、それは、差別やら社会の軋轢やら何やらで不幸にしてまっとうな職に就く道から外れた結果、右翼や暴力団に入るしかなかった、ということだったりする。
このへんの事情は、猪野健治の著作などを何冊か読めばわかる話のはずだ。
タテマエ上、在日や同和関係者のような、差別される少数者の味方ヅラをしている左翼は、差別反対とか人権尊重とか言っても、口だけで、実際にそういう社会から外れた人間を救う能力はほとんど無い。
が、右翼や暴力団がそういう人間の受け皿になってやっている側面が昔からある。
戦前戦中には、映画『拝啓天皇陛下様』の山田二等兵のように、世間では役立たずだった人間が、軍隊に入り、忠誠の対象と果たすべき役割を与えられたら、そこでは忠君愛国の士として一生懸命働いた、とかいう話もいくらでもある(これは日本の軍隊に限らない)。
現在では絶滅寸前であるが、昔から暴走族が日の丸や特攻服を好むのも、このためだ。
落ちこぼれの俺も、そこいらのチャラチャラした連中とは違う憂国の士なのだ、という、アウトローの精神を支える最後の誇り所としての愛国心、とかいうものがあったのである。
(ちなみに、第二次世界大戦当時、アメリカ軍では、当時国家権力から差別されていたはずの黒人が、徴兵されるや勇敢な兵士として戦い、戦後の公民権向上の契機を作った側面もある)
日本の右翼は、むしろ、右翼のほうこそそれぐらい、口先だけの左翼と違い、真の少数弱者をも救済する懐の深い存在なのだと誇るべきなのである。
――が、現在のネット右翼の類は、これをまったく理解できず「街宣右翼反日勢力の自作自演」というアクロバティックな説を信じたがっている。
ん〜、そーすっと、何だかよくわかんないけど日の丸と特攻服が好きで「ナントカ特攻隊」とか「ナントカ親衛隊」とか名乗る暴走族も、左翼なのか! かつての暴走族はじつは全員、マルクスレーニンを愛読し、日教組と裏で結託していたのかwww
昨今の、自分で自分を正当な愛国者と思っているネトウヨが「街宣右翼反日勢力の自作自演」という説を信じたがるメンタリティの根底にあるのは、「ボクらは市民社会秩序の枠内に組した『良い子』」「市民社会秩序に迷惑をかけるような『悪い子』はボクの仲間じゃない」という意識だろう。
このブログではしつこく何度も書いたこのだが、建国義勇軍国賊征伐隊による朝鮮総連脅迫テロ事件が起きたとき、ネット世論ではこれだけ反北朝鮮感情が強いにも関わらず(爆発物を仕掛けながらもあらかじめ通告を出し、一切死者を出さない事件だったのに)、共感の声が一切なく脊髄反射の如く「朝鮮総連の自作自演」説が広まったのも、同様の感情によるものだろう。
昨今の愛国的な若人が、自分で自分のことを「ボクらは市民社会秩序の枠内に組した『良い子』」と思うのは勝手であるが、それで、現実より自分の信じたい物語のほうを信じようとする事実の脳内捏造の方が広がるのはいただけない。
在日や同和関係者が右翼団体の構成員になるのは、一見して、理性的に考えればおかしな現象だが、人間の心理には、こういうおかしな逆説はいくらでもある。
たとえば、昨今、DV(ドメスティックバイオレンス)というものがよく問題になるが、理性的に考えれば、DV被害者となっている妻は、なぜ、妻をすぐ殴るしか能がないようなダメ夫と付き合っているのか? と疑問で仕方ないだろう。
ところが、DV加害者となるようなダメ夫の妻ほど、「この人は私がついていてあげないとだめだ」などと思ってダメ夫を捨てられない共依存に陥っている例が少なくないという。
これもまた、理性だけで割り切れない人間心理の皮肉な逆説だ(無論、正真正銘、ただ夫の暴力に抵抗できず従っている例もまた少なくないだろうが)。
また、こんな話もある。
古代のエジプトのピラミッドは大量の奴隷の膨大な労働で完成した。奴隷制を批判する近代の理性的な人権思想、平等主義からすれば、ひどい人権蹂躙であろう。
しかし、奴隷たちは決してただ無理やり鞭打たれて労働に従事していたのではなく、奴隷たち自身がピラミッド建設への参加に喜びを感じていたと考えなければ、あんな巨大事業が実現しなかったはずだ、という説がある。
事実がどうかはわからない。だが「奴隷制=とにかく悪」という近代二百年程度の認識が、数千年前の人間の気持ちに当てはまるという保証もないのだ。
それは、右翼団体にこそ在日や同和関係者が少なくないという事実と同様、現在しか見てない認識では納豆菌……いや納得できん説かもしれないが。