電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

それでは皆様よいお年を

最終回が第一話
はてなダイアリーは2018年度でサービス終了というので、15年間にわたって続けてきた、はてなダイアリー版「電氣アジール日録」は今日で閉鎖です。これまでお読みになられた奇特な皆さま、誠にありがとうございました。
今後ははてなブログに移行となりますが、例年、新年そうそうは書くことがないので放置状態となること請け合い。
いささかマヌケですが、同じ内容をはてなブログにも記載しました。
よって、新ブログでは最終回が第一話。まあ、マジンガーZの最終回にグレートマジンガーが出てきたようなものか。
2018年最後の挨拶とか年間ベストとか
例によって、とりあえず本年の年間ベスト。本年の後半は時間がなくて結構いいかげんです、ごめんなさい。
1.映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』
2.映画『菊とギロチン
3.映画『シェイプ・オブ・ウォーター
4.小説『いやな感じ』
5.ルポ『ナツコ 沖縄密貿易の女王』
6.書評『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』
7.評伝『権藤成卿
8.TVアニメ『ルパン三世 PART.5』
9.ルポ『80's』
10.エッセイ『0から学ぶ日本史講義』
列外.八王子夢美術館「王立宇宙軍 オネアミスの翼展」

1.映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』
監督:チャン・フンhttp://klockworx-asia.com/taxi-driver/
1980年の光州事件を題材にした韓国映画。序盤のノリの軽さゆえ、後半の鮮烈さが際だつ。劇中の風景が日本とほとんど変わらん雰囲気だからこそ怖い。
本作はあくまで「実話をもとにしたフィクション」だが、戒厳令下においても普通の日常はあり、巨大な政変の最中、一般人には全貌がまったくわからない感じがリアル。
光州市を制圧した軍とかの当局が意外とずさんだったり、なぜか市外の警備担当があえて主人公を見逃そうとした場面など、逆説的にありそうな話という感じ。
一応はドキュメンタリー風の作品なのに、クライマックスでカーチェイスの見せ場を入れてくるエンタメ根性に苦笑。

2.映画『菊とギロチン
監督:瀬々敬久https://kiku-guillo.com/
生前の鈴木清順も深く思い入れていた、大正末期のテロ集団「ギロチン社」の顛末。
テロリストと対をなす、関東大震災下で「活躍」した自警団の気まずさに迫り、きりの良いところで話を終わらせずに引っ張った後味の悪さが秀逸。
多くのドラマで女子人気の高い東出昌大の演じる中浜鉄が本当にゲスっぽく、贅沢なるイケメンの無駄遣いが微笑ましい。
本作によると、女相撲の興行は江戸時代からの歴史と伝統があったという。それが現在ではすれてた一方、近代以降に西洋から輸入されたスポーツである高校野球で「女はマウンドに立つの禁止」という伝統が生まれているのはつくづく謎。
https://www.news-postseven.com/archives/20180801_731680.html?IMAGE&PAGE=1

3.映画『シェイプ・オブ・ウォーター
監督:ギレルモ・デル・トロhttp://www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/
子犬のような半魚人がけっこうイケメン。
聾唖者やゲイに黒人の中高年と、従来のハリウッド映画なら主役になり得ないタイプの人間ばかりが集まった作品。しかし当然ながら、白人成人男性だけがでかい顔をしていた時代のアメリカにも、ぱっとしない奴はいた。
そして、主人公の仕事仲間である黒人のおばちゃんの亭主がけっこう保身的だったり、マイノリティがそれゆえ別のマイノリティに優しいとは限らない点が重要。それでも、劇中のゲイのじいさんなどは、危険を冒して友人をかばうから感動的なのだ。
全体的に薄暗い画面と、建物の適度な汚しが良い。今のSFでは「1960年代冷戦下」はかつての「戦時中」みたいな位置づけなのだろうな。

4.小説『いやな感じ』
高見順:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4167249022
昭和初期、左翼勢力の内部で共産党と対立するアナキスト崩れが、ダラダラと生きのびつつ結局は右派の政治ゴロに堕していくお話。
タイトル通り「いやな感じ」としかいいようない怪作。時代背景は、神代辰巳の映画『宵町草』と、かわぐちかいじの漫画『テロルの系譜』に重複。
後半、軍への協力者となった元同志が語る自己正当化の理屈が痛烈。
「どえらい戦争をはじめたら、きっと日本は、しまいには敗けるにきまってる。どえらい敗け方をするにちがいない。だって今の軍部の内情では、戦争の途中で、こりゃ敗けそうだと分かっても、利口な手のひき方をすることができない。派閥争い、功名争いで、トコトンまで戦争をやるにきまってる。そうした軍部をおさえて、利口な手のひき方をさせるような政治家が日本にはいない。海軍がその場合、戦争をやめようと陸軍をおさえられれば別問題だが、海軍と陸軍の対立はこれがまたひどいもんだから、陸軍を説得することなんか海軍にはできない。逸る陸軍を天皇だっておさえることはできない。こう見てくると、戦争の結果は、どえらい敗戦にきまってる。そのとき、日本には革命が来る」(264p/文庫ではなく単行本版)
まるで「革命が起きるまで人民は苦しめるべし」と説いたネチャーエフの『革命家の教理問答』じゃねえか!

5.ルポ『ナツコ 沖縄密貿易の女王』
奥野修司:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4167717476/
終戦直後、本土の経済圏から切り離された米軍占領下の沖縄で、台湾や中国との密貿易で荒稼ぎした女傑の記録。
地図で見ると一目瞭然だが、八重山列島与那国島沖縄本島より台湾に近く、しかも戦前まで台湾は日本領だったから、海上の国境を意識する感覚は希薄だった。
・戦前、南西諸島からは米領フィリピンへの出稼ぎが多く、1930年代の時点で、マニラでは出稼ぎの漁民でも上下水道、水洗トイレ、電灯、電気冷蔵庫完備のアパートに住めた。(113p)
アメリカの植民地でもこの生活レベルだから、本国はどんだけ進んでるんだという話で、米領フィリピンで生活した出稼ぎ者は「この戦争は負けるよ、沖縄は全滅する」と予見(124p)
――そら、無理もないわな。
・戦後の沖縄の各政党の立場、共和党琉球独立、社会党信託統治、社大党と人民党は本土復帰。本土復帰論は米軍から共産主義と同一視されて非難された(347p)
・占領統治時代の沖縄では、当選した議員が日の丸の旗を振って祝ったら「反米」と見なされた(350p)
――そらアメリカと戦争して占領されたんだから、反米独立が愛国だわな。

6.書評『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』
高野秀行・清水克行:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4797673532/
3年前に取りあげた『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(https://www.amazon.co.jp/dp/4797673036/)のコンビの新刊。
・平地では輸送に馬車や牛車が使えるが、一定以上の標高になると徒歩でしか運べない。軍隊の兵站が非常に困難なので侵攻しても効率が悪い(35p)
・「日本」という国号は、中国大陸から見ての「陽が昇る地」という感覚を内在化している。ちっとも中華文化圏から意識が独立してない逆説(51p)
平将門の新皇政権では暦博士だけは任命できなかった。暦づくりは都の専門家にしかできない特殊技術。暦博士がいれば改元していた可能性(108p)
・米や麦など穀物が栽培されるようになると、穀物を用いた離乳食が作られ、出産の間隔が短くなるため人口が増えるという説(179p)
――などなど、興味深い話が多数。

7.評伝『権藤成卿
滝沢誠:著(https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9EBKW/
忘れられた明治~昭和初期の農本主義者・権藤成卿の一代記。
韓国併合以前にアジア主義者が考えていた日韓合邦、古代の高句麗の版図を復活させた「大高麗国」の構想など、「ありえなかったもう一つの近代史」へのSF的想像力をくすぐる一冊。
それにしても、権藤に限らず、宮崎滔天とか当時の日本の右派思想家は神道ではなく儒学がバックボーンの人が多数。昨今、保守愛国を標榜しながら「漢文は必要ない」とか言ってる奴はニワカ。

8.TVアニメ『ルパン三世 PART.5』
矢野雄一郎:監督・大河内一楼:シリーズ構成(https://lupin-pt5.com/
序盤からルパン三世という人物自体が都市伝説化してるとか、複数ルパン三世代替わり説を暗示させるメタ要素で、2008年作品の『ルパン三世 GREEN vs RED』(舞台は我が地元・トムス・エンタテインメントのある中野区!)を連想。
最新ITと半世紀前から続くシリーズという、一見して相反する要素を巧みに接合した点は、英国の『007』シリーズのよう。
でも、歴代ルパン三世って、監督や脚本家ごとに作風も多様で、「ルパン一家さえ出てりゃOK」てぐらいコンテンツとしての自由度は高かったはず。
終盤、もともと五右衛門はルパンの敵だった話が出たり、ルパンの逃亡先がカリオストロ公国だと暗示したり(見ればわかるが明言しない演出)、旧作ファン泣かせの要素も渋い。
そして、この作り手が同年代の大河内一楼氏というのも感慨深い(10年前、一度だけ取材で話をうかがいました)。

9.ルポ『80's』
橘玲:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4778316142/
作者は1990年代に『宝島30』の中の人だったというからには読まねばと思い購入。
SNSスマホもなかった1980年代、過激な性体験などを赤裸々に書いた少女雑誌が売れた背景として「自分たちと同じような女の子がなにを考え、なにをしているのか知りたかったし、なにより自分のことを語りたがった」(114p)という時代証言などは興味深い。
1989年の天安門事件後、中国関係の予想は「日本への難民大量流入(盲流)」が主流で、中国の経済発展を本気で唱えた者はほとんどいなかった(200p)なんて話は、「ああ、そうだったそうだった!」と膝を打つ。
タイトルは80'sでも90年代の話も興味深い。

10.エッセイ『0から学ぶ日本史講義』
出口治明:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4163907718/
本年、仕事のために読んだ本では、ある意味で一番に立った。まだ単行本化されていない中世篇(『週刊文春』で連載中)も熟読しましたよ。「平安末期は源氏vs平家の一族あげての合戦ではない」とか「元寇鎌倉幕府の中央集権化が進んだ」とか、ここ10数年ほどの歴史学の新解釈が手っとり早く見通せる。

列外.八王子夢美術館「王立宇宙軍 オネアミスの翼展」
http://www.yumebi.com/acv85.html
初見のボツデザインとか、文字どおりチラシの裏に書かれた初期の構想メモまで見られた。当時のアニメとかオタ文化の枠を超えた背伸びがなんとも懐かしい。
本作品の、1920~50年代を意識したアールデコ・アールヌーヴォー風の美術だのメカだのは今見ても独創的だが、「現実世界では結局、もっと大量生産に適した、味気なく合理的なデザインが定着しちゃうんだよね…」と、つまらぬ感慨に陥る。

本年、書き落としたことなど
毎度毎度、時勢に遅れたことを書いているが、逆に「この話、前に書いたあれと同じじゃないか」と思うことは多い。
本年は、入管法改正で外国人労働者がどっと増えるという話の一方、外国人技能実習生問題が注目を集め、韓国が徴用工問題を蒸し返した。この辺について一つだけ述べさせて欲しい。
みんな、今こそ『日本残酷物語』(https://www.amazon.co.jp/dp/4582760953/)を読もうぜ!!
以前も書いたが(http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20130616#p2)、このシリーズを読むと、明治期から戦前まで、現代のブラック企業とほとんど変わらん詐欺雇用が横行していたことがよくわかる。
ことに、北海道開拓の裏面で使い潰された労働者たちの話は、『ゴールデンカムイ』の世界そのまんま。俺が平凡社の編集者なら、間違いなく本年、野田サトルに表紙イラストをお願いして『日本残酷物語』を増刷させてた。
技能実習生も徴用工も他人事じゃねえんだ、この国じゃ同じ日本人さえブラック待遇は当然だったのだ、そんななか外国人だけホワイト雇用とかありえねえだろという話。
ま、俺は「外国人労働者はどうせ増えない」という仮説を唱えてますけどね。
http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20171124#p2
このシリーズでは、中世や近世の話に目を向けても、村同士で水源をめぐって殺し合いとか、農民が落武者をぶち殺して所持品を奪ったとかの話は数多く、日本史に大量虐殺はなかったとか(https://rondan.net/1615)、真っ赤な大ウソっすよ。

回顧と展望
例年、忙しい忙しいと書いてるわりに何をやってるか他の人には謎と思われるので、本年やった仕事の一部を書いときます。
『世界史100人の履歴書』(https://www.amazon.co.jp/dp/4800280893/
青年期のチャーチルの賞金首はわずか25ポンド、少年期のガンディーの乱れた性生活、列車を時刻表通りに走らせたムッソリーニの偉業とかの話を紹介してます。
『港の日本史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4396115202/
江戸時代の廻船問屋の発達、横須賀、呉、舞鶴佐世保の4軍港の歴史などを担当。
『30の「王」からよむ世界史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4532198631/
カール大帝、スレイマン大帝、ナポレオン一世、ヴィクトリア女王などの項目を担当。
昭和天皇の名言』(https://www.amazon.co.jp/dp/4800282276/
昭和天皇実録』ほかから、戦前の軍に対する見解、家族に関する発言、戦後の各種式典での挨拶、などなどを多数収録して解説を担当してます。
『原寸大で鑑賞する 伝説の日本刀』(https://www.amazon.co.jp/dp/4800287138/
熱田神宮の所蔵刀、『ONE PIECE』でゾロが使用している刀、新撰組近藤勇が使用した阿州吉川六郎源祐芳、土方歳三和泉守兼定などについて書いてます。
ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』/付録冊子(https://www.amazon.co.jp/dp/4905325129/
著者の福嶋亮大氏と、『帰ってきたウルトラマン』ほか多数の作品の脚本を手がけた上原正三氏の対談記事を構成。取材は同席してませんが。
付録の冊子は短いですが、文化発信地としての「辺境」沖縄と、1960~70年代TV・映画文化をめぐる、両人の深い視座が感じ取れる読み物になってると思います。
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例によって、会社員でない自分は年末年始も休みはなかなかありつけないません。
まあ、表に出ない仕事も含めて、お声がかかる内が華。
それでは皆様、よいお年を。