電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

死後も生きる人々

リアルサウンドブック様にこちらの記事を寄稿
【追悼】美輪明宏:三島由紀夫から寺山修司まで、文化人たちを惹きつけた「虚構」の人生
https://realsound.jp/book/2026/07/post-2445639.html

「また戦争の話かよ?」と言われそうだが、美輪の自伝『紫の履歴書』を読むと、原爆体験の部分は無視できない。美輪と交友が深かった文化人のなかでも、とくに三島由紀夫と寺山修司に言及したが、昨年寄稿した「戦後サブカルチャー偉人たちの1945年」(https://realsound.jp/book/2025/08/post-2086627.html)の執筆時、この両人の原稿も書いたものの使用しなかった。今回の記事の補完として、寺山の原稿をこの機会にお蔵出し。

■寺山修司
(詩人・歌人・劇作家)
・1935年12月10日~1983年5月4日
・1945年の年齢(満年齢):10歳
・1945年当時いた場所:日本国内 青森県六戸村古間木(現在の三沢市)

●戦禍による毒親との母子家庭が生んだ不良詩人
 映画『田園に死す』(1974年)をはじめ、寺山修司は多くの作品で母をウザがる男の子の心情を描いている。実際にいびつな母子家庭で育ったのが一因だ。
 物心ついたころから寺山は母一人息子一人の家庭環境だった。父の八郎は弘前のミッション系学校である東奥義塾の出身で、英語を得意としていたことから、警察で思想犯を取り締まる特高刑事を務めた。寺山の出生時は、弘前に拠点を置く陸軍第31連隊の大隊長だった秩父宮雍仁親王の警護を担当している。1941年12月の日米開戦より少し前に徴兵されて出征し、それきり帰ってこなかった。
 戦時下から終戦直後、首都圏や近畿地方の大都市の住民は食料難に苦しんだが、青森県内は比較的に余裕があった。それでも、1945年7月28日、寺山と母のはつは青森空襲に見舞われる。青森市の公式記録によれば、罹災家屋は約1万6000戸、罹災者は約8万人、死者は126人におよぶ。焼け出された寺山と母は、八郎の兄が六戸村の古間木(現在の三沢市)で経営していた寺山食堂に転がり込む。古間木は海軍航空隊三沢基地の少し南に位置し、ときどき米軍機の機銃掃射を受けた。
 寺山は自伝的エッセイの『誰か故郷を思はざる』(角川書店)に、1945年8月15日、焼け跡に立って玉音放送を聞いたと記す――同書をはじめ、寺山は数々の自伝的な文章を遺しているが、ハッタリめいた虚飾が非常に多い(それが第一級のエンタメになっているのだけれど)。寺山と同じ青森県出身のノンフィクション作家である田澤拓也が著した『虚人 寺山修司』(文藝春秋)によれば、寺山は青森空襲のあと古間木の叔父の家では防空壕に閉じこもり、終戦の報も壕内で聞いたという。
 終戦から間もなく、寺山は古間木小学校に通うようになる。やがて、父の八郎はインドネシアのセレベスで戦死したとの報がもたらされた。遺骨の箱には枯葉が一枚と石ころのような物が入っていただけで、夫の帰りを待っていたはつは愕然とする。寺山は亡き父への思いを多くは語らず、『誰か夢なき』(立風書房)では、父は戦場で医薬用のアルコールを飲んで中毒で死んだとそっけなく述べている。
 戦後の冷戦下、三沢の旧海軍基地はアメリカ軍陸軍航空隊が駐留し、施設は大幅に拡張された。田澤拓也によれば、終戦直後の三沢の人口は約3万人だが、米兵相手の売春婦は約5000人もいたともいわれる。各地から貧しい女性が集まって来たのだ。
 もともと古間木に住む八郎の親族とはつは折り合いが悪く、はつは米軍基地で働きはじめる。米軍に夫を殺されたはつが米兵と親しく付き合うようになると、寺山の叔父の一家はあからさまに彼女を軽蔑し、母子は古間木の寺山食堂を出て2人で暮らす。だが、寺山も米兵の愛人のパン助と呼ばれる母への嫌悪感を強めた。はつが米兵と付き合うようになった一因は、息子を進学させる金が欲しかったからで、寺山は母から「勉強せい、勉強せい」とせっつかれて育つ。とはいえ、思春期に母と米兵の情事を見せつけられるのは相当な苦痛だった。毒親と感じたのも無理はない。
 1954年に青森県立青森高等学校を卒業した寺山は、早稲田大学教育学部に入学する。東京への進学は、息が詰まるような母子二人暮らしからの解放だった。やがて、前衛的な詩人、劇作家として注目を集めるようになると、少年期の自分が実行できなかった「家出」や「親殺し」のモチーフを数々の空想上の舞台で展開していく。
 寺山の詩や演劇が多くの若者を惹きつけた1960~1970年代は、カウンターカルチャーの時代であると同時に、急速に産業構造が変化し、農家や個人商店に代わって会社勤めが主流になった結果、父親が家にいなくなり、その分やたらと子供に構う「教育ママ」が増えていた時期だ。戦後の”父の不在”(父権の空洞化)と母子密着の弊害は、「母原病」という言葉を作った精神科医の久徳重盛をはじめ、多くの論者が指摘している。寺山が語る”母への嫌悪”はそんな時代の感覚と合致していた。
 だが、もし戦時下の青森空襲がなく、父の八郎が戦死していなければ、家出や親殺しを語る不良詩人の寺山修司は現れなかったかもしれないのだ。

■便乗宣伝と注意書き
追悼記事では同じく美輪と交流のあった文学者として、森茉莉にもちょっとだけ触れた。『文藝別冊 森茉莉 天使の贅沢貧乏』(河出書房新社)に収録された「女って、みんな馬鹿ね」という美輪との対談を読むと、ジャン・クロード・ブリアンとアラン・ドロンのBL談義ではしゃいでいるのが楽しい(このとき森茉莉女史は67歳☆)。
余談ながら、森茉莉の父・林太郎(森鴎外)について、こちらの本で書かかせてもらった。ただし、陸軍での脚気対策の大失敗とか鴎外サゲの内容だけど。
『日本史 格下げ偉人と格上げ偉人』(宝島社)
https://tkj.jp/book/?cd=TD078216
本書は先輩ライターである菊池昌彦氏の発案だったが、当方が単独で執筆したので奥付に当方のプロフィールが入った。一部の項目の人選は監修の小和田哲男先生にアイディアをいただいたが、とくに二宮尊徳(金次郎)は調べると興味深かった。尊徳の功績は薪を担いで読書しながら歩いてたことではなく、農村救済ファンドの五常講を作ったことだが、『報徳論』は危険思想として明治政府に嫌われたというのだ!
また、北一輝の項目では『国体論及び純正社会主義』に記された「進化した人類は大便も小便もしない」という珍説に言及。このネタは前からどこかで書きたかったw
じつはこの本、盗作疑惑で炎上する可能性がある。三好長慶、織田信長の項目は2019年刊行の『学校で教えない日本史人物ホントの評価』(実業之日本社)の内容と似ている。紫式部、福澤諭吉、伊藤博文などの項目は、2017年刊行の『日本史100人の履歴書』(宝島社)の内容と似ている――いや、じつはどっちも俺が書いたんだよね(だから今回のは加筆改稿)。ウソじゃねえぞ! 前者は巻末の参考文献のページの余白、後者は目次の末尾に俺の名前が入ってる。なので監修の小和田先生を責めるのは筋違いです。

終わる物と継がれる物

リアルサウンドブック様にこちらの記事を寄稿
「『宇宙刑事ギャバン』が背負っていたものは何だったのか? 脚本家・上原正三の戦争体験」
https://realsound.jp/book/2026/02/post-2292468.html

戦隊シリーズの可能性と限界
2026年には宇宙刑事シリーズの復活と入れ替わりにスーパー戦隊シリーズが終了したわけだが、基本的な見解は、約2年前に書かれたこちらの意見にほぼ同意。
https://note.com/brave_lemur117/n/nf09e6fdbdff7
スポンサー的に、巨大ロボを出さねばならないことが話作りの束縛になってた点は否めない。ただ、「チームヒーロー」というコンセプトそのものは今も世の中に需要があるだろう。ジョジョや『ONE PIECE』のような少年ジャンプ漫画の主人公グループや、RPGのパーティみたいな物は形を変えつつ今も人気だ。とはいえ、戦隊では「色違いの統一ユニフォーム」「初期に5人揃わないといけない」がストーリーの制約になっていた。たとえば『鬼滅の刃』では、序盤しばらく炭治郎と禰豆子の二人旅で、少し話が進むとようやく善逸と伊之助が仲間になるが、伊之助は猪の皮をかぶった明らかに異様な外見だ――戦隊ではこういうことができない。
どこかの時点で、戦隊は「もう巨大ロボを出さない」「5人揃うのに1クールかける」ぐらいの方向転換がOKになっていれば、もっと延命した可能性もあったかもしれない。実際、平成・令和仮面ライダープリキュアシリーズは、そういう路線で成功してる。
***
昨年、スーパー戦隊シリーズが終わるというので、この世の終わりが来たように驚いた特撮オタクは少なくなかっただろう。しかしである、そもそも最初に『秘密戦隊ゴレンジャー』が始まった1970年代後半は、東映がひとまず仮面ライダーシリーズを終わらせて、新しいコンセプトをいろいろ試行錯誤模索していた時期だ。
当時の東映の特撮作品は本当にバラエティ豊かで、変だった。
ヒーローらしからぬ怪人ぽい外見かつチームだけど統一性がない『アクマイザー3』(1975~1976年)とか、等身大ヒーローとタイムボカンシリーズみたいな非人型巨大メカを組み合わせた『宇宙鉄人キョーダイン』(1976~1977年)とか、宇宙戦艦ヤマトスターウォーズのブームに乗っかり、スペースオペラと忍者物を融合した『宇宙からのメッセージ・銀河大戦』(1978~1979年)とかね。『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975~1977年)も、『バトルフィーバーJ』(1979~1980年)も、そういう多種多様な実験の一つだった。
戦隊シリーズも、長期化するなか「色違いのチームヒーロー」「巨大ロボットを出す」という枠だけ守って、ずいぶん試行錯誤をやった。主要メンバーがほぼ宇宙人で機械生命体やら獣人やらが入り混じる『宇宙戦隊キュウレンジャー』(2017~2018年)、2チーム構成の『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』(2018~2019年)、完全に異世界が舞台で王様同士が同盟と対立をくり返す三国志みたいなストーリーの『王様戦隊キングオージャー』(2023~2024年)とか――だが、こうなると「もう戦隊でなくていいんじゃね」という気になる。
だから、古老害特撮オタクとしてはスーパー戦隊シリーズの終了は悲しくない。時代に応じたまったく新しいヒーローが創出されることを歓迎する。逆に新機軸を数年やってうまくいかなかったら、東映が節操なく戦隊を復活させる可能性も皆無ではない。

上原正三が描いた面従腹背
宇宙刑事ギャバン』についての寄稿では上原正三の経歴と作品について触れたが、現在、東京MXTVで再放送している『UFOロボ グレンダイザー』序盤の脚本も、上原正三が担当している。主人公であるフリード星出身のデュークフリード(宇門大介)の姿には、故郷を敵勢力に占領され、地球へ逃れてきた孤独と苦悩が色濃く漂い、地球人である兜甲児とは摩擦をくり返しながら信頼と友情を強めていく――こうした展開の背景にも、米軍占領下の沖縄で育ち、故郷を遠く離れた日本の本土で「異邦人」として過ごした上原の経験がにじんでいたはずだ。
そういえば、地球で宇門大介を名乗るデュークフリードと同じく、一条寺烈を名乗るギャバンも牧場で働いていたではないか……と記事に書こうと思ったが、一条寺烈が働いていたのは牧場ではなく乗馬クラブだったと気づいてやめた(いい加減な記憶だ)。
『UFOロボ グレンダイザー』は、話が進むにつれて、コマンダーミネオ、コマンダーイアラ、コマンダーガウスなど、故郷がベガ星連合軍の占領下に置かれ、心ならずもデュークフリードと敵対するキャラクターがたびたび登場する。1970年代のロボットアニメとしては、従来の単純な勧善懲悪の図式を逸脱する展開だ。
この種のエピソードは、上原以外のシナリオライターも書いているが、話の構造としては、『グレンダイザー』に先立ち、上原が『イナズマンF』(1974年)で書いたデスパーシティの設定とよく似ている。悪の組織デスパーの支配下に置かれた巨大な地下都市デスパーシティでは、15歳になると皆サイボーグ兵士にされ、組織に忠誠を誓わなければ閉ざされた地下都市の外に出る自由はない。大戦末期の沖縄で14歳以上の少年を徴用した鉄血勤皇隊と、1972年まで米軍統治下の沖縄の外に出るにはパスポート取得が必要だったことを思わせる。
そしてこの、「敵陣営の占領下にある者が心ならずも主人公と敵対」のパターンは、『宇宙海賊キャプテンハーロック』(1978~1979年)にも、トカーガ人の戦士ゾルとその同胞たちの話という形でくり返される。ゾルとその息子は松本零士の漫画版にも登場するが、TVアニメの終盤に登場するほかのトカーガ人は、実質的に上原のオリジナルキャラクターだ。
TVアニメ版の『宇宙海賊キャプテンハーロック』の内容、とくにトチローの娘まゆの設定をめぐって、松本零士上原正三が意見衝突したのは有名な話だが、通して見ると、やはり上原がシナリオを担当したのは適任だったのではないか。
***
なお、寄稿した記事中でもふれた『TONE』第2号(2005年6月刊行)はこちら。
https://www.fujisan.co.jp/product/1281681338/b/85569/

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。

リアルサウンドブック様にこちらの記事を寄稿

「2026年の干支「ひのえうま」の迷信はいつ生まれ、どんな影響を与えたのか?」
https://realsound.jp/book/2026/01/post-2256913.html
大槻ケンヂ小泉今日子酒井順子……2026年に還暦を迎える注目の世代「1966年生まれ」の生き様」
https://realsound.jp/book/2026/01/post-2260172.html
新年のちょっとした暇つぶしになれば幸い。

それでは皆様よいお年を

■2025年最後の挨拶とか年間ベストとか
多忙のためほとんど更新しないブログであるが、こうして記しておかないと自分でも一年を振り返る機会がないので、年末だけは書くことが義務化してる。
また例によって本年の収穫物(印象に残ったトピック)だが、完全に新旧ごちゃまぜだ。

1.米不足
2.映画『宝島』
3.小説『粒と棘』
4.ルポ『酒を主食とする人々』
5.評伝『夕やけを見ていた男』
6.漫画『天上の虹』
7.ドラマ『ばけばけ』
8.映画『東離劍遊紀 最終章』
9.「日本の巨大ロボット群像」展(池袋サンシャインシティ
10.「正倉院 THE SHOW」展(上野の森美術館
列外.『機動戦士GundamGQuuuuuuX』

■1.米不足
昨今これだけITだAIと言われながら、そんなもん首から下の肉体を成立させる食い物あっての話という、人間にとって基本中の基本をよーく実感させてくれた事件(当方はブランド名がない5kg3500円ぐらいの混合米ばかり食うようになった)。今や皆が漫画もアニメもゲームもパッケージソフトを買わずスマホで消費するようになり、在庫リスクという観点では手で触れる商品の衰退は必然とはいえ、食い物でこれは絶対に不可能! そして米は収穫まで必ず1年かかるし、人間にはコントロールできない自然環境の都合によって、収穫量の正確な予想もできない。この現実の前にはどの政党も勝てず、トランプもイーロンも助けてくれないし、ITもAIも吹き飛ぶ。

■2.映画『宝島』監督:大友啓史
8月25日のエントリに記載(https://gaikichi.hatenablog.com/archive/2025/08/25

■3.小説『粒と棘』新野剛志
リアルサウンドブック」に寄稿(https://realsound.jp/book/2025/09/post-2146750.html

■4.ルポ『酒を主食とする人々』高野秀行https://note.com/honnozasshi/n/n08040528ce6d
高野秀行の本に外れはない。エチオピア南部を取材した本書には、もし高野ではない別の人物だったら気づかないであろう視点が満載だ。
アフリカでは四角い住居が近代の象徴、建築の手間が少ない円筒形の家こそが本来の姿(66p)。地酒の風味がミャンマーのワ州でつくったブライコーにそっくりだという、遠隔地なのに似た物ができる文化収斂の実例だ(91p)。デラシャの住民は都会人を前にすると、地元のデラシャ語ではなくエチオピアの標準語にあたるアムハラ語で話そうとする。高野に言わせると少数民族「あるある」現象らしく、クルド人トルコ語話者の前ではトルコ語で喋ろうとする(195p)。古い文化や伝統に価値を見出すのは最初は外国人やよそ者、続いて自国内のインテリ階層、これは日本の明治期における浮世絵の再評価と同じ。高野は、地元の伝統文化を外国人向けの観光資源にしたい現地のインテリの思惑で、やらせ演出に巻き込まれたという(268p)。

■5.評伝『夕やけを見ていた男』 斎藤貴男https://www.amazon.co.jp/dp/416744304X
本年は戦後の文学、漫画、映画、TV関係者等々の伝記を複数読んだが、そのなかでも興味深かったのがこの梶原一騎の一代記。今さら気づいたが、梶原は中学生にあたる時期を矯正施設で過ごし、まともに学校に通っていない。このためか、『あしたのジョー』『タイガーマスク』ほか梶原原作のスポーツ漫画の多くは主人公がプロ選手で、あまり「学校」が舞台にならない。だが、1970年代後半以降の少年スポーツ漫画は、高校野球のような「部活動」が基本だ。通説ではよく、1980年代に入りラブコメブームで梶原一騎は時代遅れになったと言われるけれど、本当に梶原一騎を殺したのは『うる星やつら』ではなく、『ドカベン』だったのではないか?

■6.『天上の虹』里中満智子https://www.kodansha.co.jp/titles/1000002232
仕事で『日本書紀』の終盤について調べたのを機会に初めて通読。皇族間では近親婚も一夫多妻も普通だった当時、現代と恋愛観は大きく異なるだろうが、それでも『万葉集』には額田王天武天皇ら数々の皇族が残した恋の歌がいくつもあるので、そこから本作のような歴史ラブロマンスもつくれる。意中の相手になかなか会えず和歌を送って返答を待つのはSNS恋愛みたいではないか。
壬申の乱で負けてしまった大友皇子弘文天皇)、早世した草壁皇子など、『日本書紀』を読んだだけではイマイチ人物像がわからなかいキャラの描写に「こういう解釈ができるのか」と舌を巻く。大津皇子が朝廷の支配に服しない山の民と交流していたという設定は、網野善彦みたいではないか。若い頃は父親(中大兄皇子天智天皇)に反発していた主人公の讃良(持統天皇)が、即位後、いかに権威を演じるかがテーマになるのは納得。でも、男の子としてはこんな母親がいたら本当にしんどそう…。
本書における『古事記』『日本書紀』の編纂の過程は作者の想像だが、それでも「藤原不比等らは大陸の文献に通じていたのだから、『魏志』の邪馬台国卑弥呼についての記述(東夷伝倭人条)を読んでいた筈だが、なぜそれを記さなかったのか?」の背景は妙な説得力があって興味深い。

■7.『ばけばけ』脚本:ふじきみつ彦https://www.nhk.jp/g/ts/662ZX5J3WG/
某所で知人が指摘していたが、本作は負け組視点の歴史観が前提になっている。第1話の冒頭で語られる「耳なし芳一」は平家の幽霊の話、物語の舞台である松江は古代に大和によって征服された出雲の地、ヒロインのトキは明治維新後の没落士族、ラフカディオ・ハーンをモデルとするヘブン先生は英国のマイノリティであるアイルランド系で、キリスト教に滅ぼされた多神教が栄えていたギリシアの出身だ。本年前期のNHK朝ドラマだった『あんぱん』は、やなせたかしをモデルとする主人公が後半生に成功を収めるのが最初からわかってるが、本作は逆に、ヘブン先生が東京帝国大学講師の座を夏目漱石に譲り、さびしい晩年を送ることが予定されている…。
劇中、明治維新後もちょんまげを結ってるトキのじいさんや、本来の実家だった雨清水家の没落後の姿が痛々しいのに笑えない。もし、「民主主義なんてもう時代遅れ、これからはトランプのアメリカやプーチンのロシアや習近平の中国みたいな強権体制こそが時代の最先端(ドヤ顔)」などと言われて、自分はすんなり新時代の価値観に合わせられるかといえば、彼らのように見苦しい旧守派の生き方を選んでしまいそうである。

■8.映画『東離劍遊紀 最終章』原作・脚本:虚淵玄https://www.thunderboltfantasy.com/finale/
10年間に渡り続いた武侠バトル人形劇が堂々の完結。例によって主要登場人物ワルばかりの痛快アクション。ラストで敵のボスが何の力もない一般人にされたうえで異世界に飛ばされてしまうのは、過去の虚淵玄作品で、『吸血殲鬼ヴェドゴニア』『魔法少女まどか☆マギカ』『仮面ライダー鎧武』と、いずれも「最後は主人公が人外の存在と化して親しい人々のもとを去る」という展開の皮肉なセルフパロディにも見える。あと、日本の実写ファンタジー作品は、衣装が適度に古びてたり汚れてたりせず、きれい過ぎるのが違和感の元凶だが、人形劇だとそれが気にならないことに今さら気づいた。

■9.「日本の巨大ロボット群像」池袋サンシャインシティhttps://artne.jp/giant_robots/
まず最初が『鉄人28号』の展示、1976年に刊行された秋田書店漫画文庫版の表紙は、今見ても渋く大人っぽい雰囲気。『装甲騎兵ボトムズ』のスコープドッグと『メガゾーン23』のガーランドの実物大の壁画を見ると、全高3.8メートルでもけっこう大きく感じる。『マジンガーZ』をはじめ歴代の巨大ロボの内部図解の比較を見ると、骨や筋肉を感じさせる永野護のデザインがリアルに思える謎。最後の識者インタビューコーナーで、現実に巨大ロボ的なメカを開発している前田建設工業のエンジニアが、高度経済成長期には自家用車が急速に普及し、人が操縦するメカとその格納庫・修理工場が身近に感じられる存在になったと説明していたのには「なるほど!」と思った。

■10.「正倉院 THE SHOW」上野の森美術館https://www.ueno-mori.org/exhibitions/article.cgi?id=12292582
話題になった香木の蘭奢待よりも、奈良の大仏の開眼供養に使われた筆の現物(すごく大きい)に驚く。改めて見ると、飛鳥・奈良時代の工芸品に描かれた象、サイ、ラクダなどの動物はかなり変で、サイは体表に鱗がある。当然ながら当時の日本人は現物を見たことないわけで、麒麟鳳凰と同じ伝承上の神獣と同じカテゴリだったのだろうな。

■列外.『機動戦士GundamGQuuuuuuX』監督:鶴巻和哉https://www.gundam.info/feature/gquuuuuux/
ファーストガンダムを見てた老人でないと話についていけない不親切な設定と言われるけれど、江戸時代の歌舞伎も、観客はみんな『平家物語』や『源平盛衰記』は知ってて当然という世界観で、何の説明もなくいきなり源義経平敦盛が出てくるのが多数。ガンダムも順調に歌舞伎や落語と化してる。同じ演目が別の演出家と役者によって何百回でも新解釈されて生き返るのが古典だ(なお、旧作のキャラや設定を使いつつ変奏なら、既に平成以降のウルトラマン仮面ライダーもさんざんやってる)。
最初は「また女子高生が主人公かよ」と思ったが、すぐに学校が出てこなくなったのが興味深い。主人公のマチュは、本来なら進路を考えないといけないのに、「学校の外の世界」で出会った同年代の異性であるシュウジを追いかけてるうちに、ジオン関係者やら地球にいるララァほか、自分とまったく異なる社会的階層の人間(おもに歳上)に出会い、戸惑いつつ結果的に視野を広げていく……これ充分に王道の青春物じゃないか。
もともと富野由悠季ガンダムは、基本的に男の子の主人公が戦場で外の世界(大人)の象徴としてのヒロイン(大抵は敵陣営)に出会い、初恋は苦く終わることで一つ成長するお話。本作は主人公の性別を逆にして基本はちゃんと踏まえた終わり方だ。
これでもし男の子のシュウジの方が主人公だったら、最後は好きな女を大人の男(本作の場合はシャア)に取られる図式になってしまう。若い頃なら「こういうのが青春の苦みなんだなあ…」などと思うところだが、歳をとると逆に、大人の男が若者から女を奪う展開は「おっさんの願望乙」にしか見えず気恥ずかしい。
***
余談ながら、ガイナックスの破産手続終了は本年の悲報(当方はかつて、ガイナックス広報から、報道関係者枠として劇場版『天元突破グレンラガン』試写会の招待状をもらったことがある)。庵野秀明がカラー公式サイトに記したコメントによれば、山賀博之が『王立宇宙軍』の続編的作品として用意していた『蒼きウル』の権利譲渡が最後まで揉めていたというのが痛ましい。山賀としてはこれだけは手放したくなかったけど、彼が持っていても死蔵確実だったのか…。経営者としての山賀はさんざん叩かれている、しかしながら、ガイナックスからは庵野鶴巻和哉樋口真嗣のほか、独立してTRIGGERを作った今石洋之らが育った。かつてアニメ会社虫プロの経営者としての手塚治虫はさんざん非難されたけれど、虫プロからは富野由悠季を筆頭に多くの才あるアニメ関係者が育った。長期的視野では、山賀博之もこれと同じように評価されるだろうか。

■回顧と展望
これまた例によって、本年やった仕事の一部。
『ビジュアル版 昭和100年 激動の日本史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4299061063
またも監修は佐藤優。当方は終戦後の昭和20年から、自分が生まれた昭和45年(1970年)までを担当。ビキニ水爆実験の昭和29年に映画『ゴジラ』が公開、東京タワー完成の昭和33年に『月光仮面』が放送開始、黒部第四ダムが完成した昭和38年に『鉄腕アトム』と『鉄人28号』がアニメ化、同時期のヒーローは長嶋茂雄王貞治――等々といったネタを記述。
『いまこそ知りたい乃木希典と旅順攻略戦』(https://tkj.jp/book/?cd=TD063939
2025年は、大東亜戦争終結80周年、ベトナム戦争終結50周年であると同時に、日露戦争終結120周年だった。当方は旅順戦の開始から終結までの章を担当。戦前には過度に軍神と持ち上げられ、その反動で司馬遼太郎の『坂の上の雲』では無能な愚将扱いされた乃木大将の実像に迫る。
『くらべてよくわかる古事記日本書紀の本』(https://one-publishing.co.jp/books/9784651205397/
2019年に学研から刊行した『図説 古事記日本書紀』の増補リメイク版。当方は日本書紀の後半の章で、仁徳天皇以降のあまり語られないエピソードを加筆。『日本書紀』には、当時の皇族や有力者による反乱容疑の冤罪や裏切りの内幕も堂々と書かれていることが多く、古代の人は妙に正直だ。
『スッと頭に入るゴッホの世界』(https://sp-mapple.jp/post-9784398144850/
ゴッホの生涯と『ひまわり』の連作や『糸杉』、歌川広重の模写ほか主要な作品50枚を解説。生前ずっと絵が売れず弟のテオに頼りきりだったゴッホは、貧困のためモデルも容易に雇えなかったので自画像がやたら多く、ミレーやレンブラントのサンプリングやリミックスも大量に描いた。それでも37歳で死ぬまでに残した絵画は、油絵だけで約800点、素描も含めれば2000点はある。文化資本とは何なのか? という気になる。
***
原稿料収入だけで生活するようになったのが2005年なので、本年でそれから20年となる。さすがに人生の残り時間を考えねばならん歳だが、当面死ぬ気はない。歴史の語り部の末裔を称する以上、不完全ながらも自分の世代なりの論点を語っていきたいつもりだ。リアルサウンドブックに連載した「戦後サブカルチャー偉人たちの1945年」(https://realsound.jp/book/2025/08/post-2086627.html)を増補して単行本化を考えているものの、先の道のりは遠い。零細ライターながらも、2026年もそれなりに気合を入れるべき仕事の予定はある、喜ぶべきか。
それでは皆様よいお年を。

沖縄から遠く離れて

『歴史アドベンチャー 語られなかった沖縄の真実』(宝島社)が発売
https://tkj.jp/book/?cd=TD070524&p_bn=yoyaku
当方はおもに第1章の沖縄戦~戦後の占領期、そして本土復帰以降の沖縄の歴史を執筆。
戦時下に起きた集団自決の背景、日本軍による伊江島久米島などでの島民殺害(一度アメリカ軍に投降した島民が一方的にスパイと見なされ処刑された)の真相、日本政府の支配から完全に切り離されて一週間のみ独立国を名乗った八重山諸島、戦後の米軍統治下で起こった米兵による犯罪の数々と、それらへの怒りが爆発したコザ暴動、現在も沖縄の非正規雇用率が高い理由……などなどを説明。
さらに、9月公開の映画『宝島 HERO's ISLAND』(https://www.takarajima-movie.jp/)の題材となった「戦果アギヤー」(終戦直後の沖縄で行われていた米軍からの物資略奪に従事した者たち)についての記事も担当。
史実では、米軍基地から盗まれた物資の数々は台湾や香港の密売業者を経由して、共産党政権の中国や、北朝鮮にまで転売されていた! 沖縄は日本本土から見れば辺境でありつつ、その反面で中世以来、中国本土、台湾、香港、東南アジアと接する海洋貿易の十字路だったのだ。参考資料として明記した奥野修司のノンフィクション作品『ナツコ 沖縄密貿易の女王』(文藝春秋社)はまじで面白い。『宝島 HERO's ISLAND』の原作者である真藤順丈も読んでいたのではないか。
このほか2章、3章では、琉球王国時代から明治大正期の諸事情、沖縄の伝統建築と風水の関係、沖縄料理に北海道産の昆布が大量に使われている理由……などなどの興味深い話を満載。

*新しい日本映画の可能性
今回の仕事に関連して、7月には映画『宝島 HERO's ISLAND』の試写も視聴した。
作品全体の雰囲気は。沖縄を舞台にした往年のいくつかのアウトローピカレスク映画、『海燕ジョーの奇跡』(1984年)、『友よ、静かに瞑れ』(1985年)、『ソナチネ』(1993年)あたりを連想させる。
ただし、本作は完全に本土の人間ではなく沖縄内の人間の視点で描かれている。原作者の真藤順丈、監督の大友啓史、主演の妻夫木聡、いずれも沖縄出身者ではない。けれども、本作では米軍と同調して主人公に無理を言う本土の日本人は悪役ポジションだ。多くの沖縄住民が1972年の沖縄本土復帰まで、日の丸を掲げてアメリカ支配から日本への帰属を唱えていたのに、ニクソン大統領と佐藤栄作首相の取引の結果、本土復帰後も引き続き大量の米軍基地が残されることを知り、日本政府に怒りを募らせたことが明確に描写されている。
さて、アメリカの映画界に目を向けると、タランティーノは『ジャンゴ 繋がれざる者』で、19世紀の西部開拓時代のアメリカを白人農場主を憎む黒人奴隷の視点で描いた。ジェームズ・キャメロンは、日本人の視点で広島・長崎の被爆者の映画を作ると宣言している(https://theriver.jp/cameron-goh-bomb-expression/
ひるがえって日本の映画会社・志ある映画監督は、現地の人間の視点で戦前の満洲や朝鮮や台湾を描くことができるか? わたしは前々からそんな空想をしていたが、本作『宝島 HERO's ISLAND』は、沖縄の視点で本土の人間を悪役として描くことを躊躇していない。これは『ゴールデンカムイ』が、「アイヌから見れば大和人は侵略者」という視点を織り込みつつも大ヒット作となったことを踏まえているのかもしれない。将来的には、旧植民地の立場から戦前日本を顧みる表現が生まれる可能性が秘められているのではないか?

*ボーナストラック
2025年8月を通じてリアルサウンドブック様で連載された「戦後サブカルチャー偉人たちの1945年」も8月29日で終了を迎えるが(https://realsound.jp/person/about/2107035)、番外編として沖縄代表にこの人物を取りあげておく。

上原正三
(脚本家)
・1937年2月6日~2020年1月2日
・1945年の年齢(満年齢):7歳
・1945年当時いた場所:日本国内 熊本県千丁村(現在の八代市

●戦後「外国人」とされた琉球出身者
 まるで空襲の再来のような大怪獣の都市破壊、多数の避難民が洞窟をさまよった沖縄戦のように闇に閉じ込められた人々……『帰ってきたウルトラマン』『宇宙刑事シャリバン』『宇宙海賊キャプテンハーロック』ほか、上原正三が脚本を手がけた数多くの特撮ヒーローやアニメ作品には、そんな場面が少なくない。
 上原の著書『金城哲夫ウルトラマン島唄』(筑摩書房)は、彼と同じ沖縄出身者でテレビ脚本家としての先輩にあたる金城哲夫(1938~1976年)との関係をメインに書かれているが、上原自身の戦争体験も詳しく記されている。
 戦時下の1944年9月、上原はまず、母と4人の兄弟とともに台湾の叔父の家に一時的に疎開する。だが、警察署長をしていた父親は職務のため沖縄県内にとどまった。また、上原の姉は女子師範学校生だったが、台湾には受け入れ先の学校がなかったため、やはり沖縄に戻ろうとする。ところが、乗っていた船は台風のため漂流を余儀なくされ、約2週間にわたり、敵の潜水艦が横行する海域をさ迷った。後年に雑誌『TONE 第2号』(ユニバーサル・コンボ)のインタビューでは、船が沈んでも家族がバラバラにならないように、お互いを紐で縛り、トイレに行くのも大変だったと語っている。上原が脚本を担当した『ウルトラQ』第21話「宇宙指令M774」の劇中で、船中の人々が海中の怪獣におびえるシーンは、この経験が反映されていたという。
 結局、上原が乗った船は鹿児島に入港した。ただし、沖縄に戻ろうとした叔父が乗った船は撃沈され、叔父は死んだという。その後、上原は熊本県の千丁にある寺院を疎開先として終戦まで過ごした。『金城哲夫ウルトラマン島唄』には、その間に寺で幽霊を見たと記しており、先述の『TONE』のインタビューで、当時の心境を振り返って、父親が戦火の沖縄に留まり、自分たち家族と一緒にいなかったことに対する不安感が反映されていたのではないかと語っている。上原の父は、まさに1945年6月に始まった、沖縄戦のさなか、警察官として避難民の誘導を行っていた。父親は戦死しなかったものの、終戦後に再会したときはやつれ果てていたという。
 沖縄県人である上原にとって、1945年8月15日以降も、戦争は終わらなかった。上原の自伝的小説『キジムナーkids』には、終戦後、沖縄に戻って以降の上原の少年期が反映されている。沖縄県内の産業基盤は戦火によって徹底的に破壊され、県民の多くは戦後も飢えに苦しみ、大人も子供も、隙あらば米軍基地からの略奪行為に勤しんだ。陰惨な経験のはずだが、この日々を上原は明るいタッチで記している。
 戦後もアメリカは1972年5月15日まで沖縄の占領統治を続けた。この間、アメリカ統治下の沖縄にとって日本の本土は「外国」であり、上原は東京の中央大学に進学したが、上京にあたってパスポートがなければ日本の本土に渡航することはできなかった。この経験によって上原は「自分は日本人ではなく琉球人」だと痛感する。
 日本に対する強い隔絶感と、異邦人としての意識は、後年までくり返し上原が執筆したシナリオの数々にうかがえる。たとえば、『イナズマンF』では、悪の組織デスパーが支配する都市デスパーシティの住民は、自由に外の世界に出ることができず、パスポートを取得するように外部と行き来する特権を得るためには、デスパー総統ガイゼルに忠誠を誓い、サイボーグ兵士にならなければならない。
 上原の日本に対する異邦人としての意識がもっとも色濃く投影されたのが、『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」のエピソードだった。劇中、故郷に帰れないまま街はずれに住む宇宙人の老人が民衆の暴行を受けて殺される場面は、1923年の関東大震災のおり、民衆に虐殺された朝鮮人のイメージが重ねられている。ヒーロー番組らしからぬこの回は、放送局であるTBS上層部に問題視され、上原と監督の東條昭平は『帰ってきたウルトラマン』のスタッフから外された。それでも、上原自身は後年まで数多くの媒体で、この回への強い愛着を語っている。

連載開始の告知

すでに誰が見ているかわからないブログだが、一応告知。
リアルサウンドブックにて「戦後サブカルチャー偉人たちの1945年」の連載を開始。
https://realsound.jp/book/2025/08/post-2086627.html
戦後80年の8月を通じて、昭和中期から平成までの映画、漫画、文学、芸能ほかサブカルチャーを担った文化人たちの戦争体験を記していく。
小説『火垂るの墓』、小説『麻雀放浪記』、小説『日本沈没』、映画『ゴジラ』、映画『仁義なき戦い』、漫画『アンパンマン』、漫画『墓場鬼太郎』、漫画『空手バカ一代』、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』、アニメ『君たちはどう生きるか』……今日まで広く愛されるコンテンツに、作者やスタッフの戦争体験が投影された作品は数限りない。
とはいえ、「戦争体験」といっても多様だ。軍人でも将校と末端の兵卒では立場が大きく異なる。戦時下にも現代と変わらない感覚だった人もいる。ある意味では戦争が成長や栄達の機会になった人もいる。戦争の被害者も、加害者としての罪悪感を抱えた人もいる。戦後になってから敗戦の影響を受けた者もいる。
本企画は数年前に思い付き、本年やっと執筆に着手した。今回軒先を貸してくださったリアルサウンドブック様での公開はその片鱗のつもりで、最終的に100人ぐらいの人物を取り上げ、何らかの形にしたいと考えている。
ところが、50人分ぐらい書いたところで、6月に中川右介氏の力作『昭和20年8月15日 文化人たちは玉音放送をどう聞いたか』が発売された。
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887442025.html
何たることか。エジソンとまったく同時期にグラハム・ベルも電話の研究をしていた話のようだ。『昭和20年8月15日 文化人たちは玉音放送をどう聞いたか』の網羅性はすばらしく、取りあげている人物も当方が考えた人選とけっこう重複している。ただ、同書は「昭和20年8月15日」に特化しているけれど、「いや、8月15日に至るまでの日々と、その後をどう生きたかが面白いんだよ」という人物も多い。たとえば……
七人の侍』の黒澤明は、勤労動員の女学生を描いた国策映画『一番美しく』を撮影し、出演者に本当に女子工員と同じ生活をさせて迫真の映像を作り、主演女優と結婚した。
カムイ伝』の白土三平は、プロレタリア画家の息子だったので疎開先で父の素性を必死に隠し、山奥をかけめぐって食料を調達した、後年に白土が描いた忍者漫画のようだ。
『黒魔術の手帖』の澁澤龍彦は、戦時中こっそり学友と陸軍航空隊の倉庫に忍び込んで戦闘機を見物し、終戦直後、軍の倉庫から記念品としてピストルを盗み出した。
寺内貫太郎一家』の向田邦子は、東京大空襲の翌日、普段きびしかった父がめずらしく家族に優しい態度を示した”最後の昼餐”を、一番心に残る食事だと述べる。
空手バカ一代』の主人公である大山倍達(崔永宜)は、朝鮮に生まれ、戦前は石原莞爾がつくった東亜連盟に参加し、戦後は韓国民団と朝鮮総連の抗争で鉄拳を振るった。
こういうデティールを総合的に見てゆけば――
「戦前戦中はみんな軍国主義一色の暗黒時代だった」
「戦前戦中はみんな教育勅語のおかげで道徳的だった」
といった先入観がどちらも偏った見方だとわかる。
そんな戦争体験記シリーズ、8月1日から8月29日まで全5回の予定で、リアルサウンドブック読者の皆様のよい暇つぶしになれば幸い。