電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

イヤなミリオタ

随分と昔のことであるが、イヤなミリオタ(ミリタリオタク)がいた。
学校で同じクラスの面々は、最新のファッションだのJ-POPだの、昨日のTVドラマだの野球中継の試合結果だの、あるいは隣のクラスの誰それが可愛いとか、そんな話ばかりしている。
平和ボケどもめ、お前らみんな、もし核ミサイルが飛んでくれば一発で終わりなんだよ、そんなふうに思っていた。
通学風景にあるのは田んぼと道路と、ここ20年で建てられた安物住宅ばかり。家に帰れば、母は亭主のふがいなさを嘆き、まだ幼児の妹は鼻水を垂らして相手をしてくれとせがむ。
彼の日常の周囲を形成するものは、冴えない地方都市の風景と、垢抜けない地元方言と、下品な態度しか取らない田舎ヤンキーばかりだった。
違う、違う、違う。
平和ボケどもめ。
「世界」は、「現実」はそんなもんじゃない。
こいつらはみんな全然、「世界」を、「現実」をわかってない。
こいつらは、日本の近隣の仮想敵国が何発の核弾頭を持っているか知っているのか? 日本に何人の工作員が潜入してるかわかってるのか?
最新のナイキのシューズ? ジャニーズ系のタレントが出てる人気のドラマ、バカじゃないか、子供っぽい。
俺はそんな物より「大人」の「現実」の世界を知ってる、日本の国防予算、在日米軍基地の兵力、イージス艦のミサイルの射程距離、一般の民間職員に偽装したCIAの諜報員はどこに勤務しているか、自衛隊自動小銃と中国軍の銃器の性能の差……
世の中を動かしてるのは、ぜんぶ軍事と経済なんだよ、わかってないガキどもめ。
つまらない学校内の不良同士の意地の張り合いも、家庭内のくだらない嫁と姑の争いも、惚れた腫れたとか男女がくっついたとか別れたとか、そんなのも全部、核ミサイルが飛んでくれば一気に消し飛ぶんだよ、平和ボケどもめ。
新聞やテレビの報道? くだらねえな、国会議員も大企業の経営者も、アメリカの国防総省や、中国の中央軍事委員会の掌の上で踊ってるだけじゃないか。
平和ボケどもめ、歴史を分かってないな、思想? 哲学? 法律? 文化? バカか、そんなもの何の役に立つんだよ。人類の歴史は戦争の歴史じゃないか、軍事を分かってる人間こそが、すべてを把握している人間なんだよ。





だが、いつまで経っても、彼が心の底で期待していたように、核ミサイルは飛んでこなかった。
彼が「軍事」に対する興味と周囲に対する優越感を深める一方、彼が見下していた者たちは、そこそこの大学に入り、そこそこの企業に就職し、恋愛し、人生経験を積んでいった。
彼は相変わらず、最新のファッションだのJ-POPだの、昨日のTVドラマだの野球中継の試合結果などに興味を持とうともせず、代わりに、ミサイルや小銃や戦車や戦闘機に詳しい自分こそ、「大人」の「現実」を知っている人間だと思い込み続けた。
10年が過ぎ、20年が過ぎた。
彼は30代になり、40代になった。相変わらず彼女もおらず、1人で汚い部屋に住み、「大人」の「現実」を知らない人間を罵り続けている。
平和ボケどもめ、お前らみんな、もし核ミサイルが飛んでくれば一発で終わりなんだよ……しかし、いつになったら核ミサイルが飛んできてくれるのか。



ああ、核ミサイルが飛んできてくれないかなあ、そうすれば俺が正しかったと証明されるのに。あ、でもやっぱり、ガルパン劇場版の続きが見られなくなるのは嫌かなあ。

「反対側にお花畑」の人々

軍事専門家のお言葉

https://twitter.com/toshio_tamogami/status/858304234210512896
田母神俊雄 認証済みアカウント @toshio_tamogami
北朝鮮がミサイルを今朝5時半ごろ発射したことで東京の地下鉄など電車が一部止まったそうだ。騒ぎ過ぎである。北朝鮮が日本に向けて突然ミサイルを撃つことはないし、アメリカが北に対する先制攻撃をすることもない。3カ月もすれば私の言っていることが正しいことが証明される。

ドヤ顔で「4月中に米朝開戦」と語っていた方々や、「北朝鮮と開戦したらこれを大義名分に前から自分の嫌いだった奴を虐殺する」という本音を吐露した方々の姿が、かつて「1999年7月になれば世の中は全部チャラ」と、ノストラダムスの大予言に熱中した中二病と同じように感じられるのは俺だけだろうか。
そりゃまあ、楽観論に立つよりは悪いことを予想しておいた方が、実際に悪い事態が起きたときの精神的ショックは少なくて済む。うん、確かに明日いきなり戦争になるかもね、でもそれは今に始まった話ではない。
冷戦時代、サヨクは「このままでは軍国主義復活だ」「戦前に逆戻りだ」と言い続けて数十年、結局その日は来なかった。愛国者の皆様も「ソ連のアカが攻めてくる攻めてくる」と言い続けて数十年、結局その日は来なかった。どっちも「狼が来た」少年かよ。
世界平和がお花畑の妄想と言うなら、退屈な現実をリセットしてくれる"戦争という非日常"にワクワク期待するのもまた、お花畑の妄想とは言えまいか。
以前も述べたが、かつて90年代当時は、「やっぱ左翼の平和主義リベラル派は夢想家、保守の方が現実主義だな」と思っていた。が、昨今は保守を標榜する陣営に「逆方向にお花畑」の人が増えすぎて萎えている。「中韓以外の世界の国は全部親日」とか(たまたま「敵対する隣国」が日本ではないだけである)、「戦前の日本は貧困も犯罪もいっさいないユートピアだった」みたいな言説とか。
もし「戦前は教育勅語があったからみんな道徳的だった」という説が本当なら、逆に教育勅語が発布された明治23年より前の日本は、古代からずっと道徳的に頽廃した無法の時代だったのか? はたまた、戦前の津山三十人殺しやら阿部定事件やら死なう団事件やら226事件やらも、教育勅語があったから起きた事件なんですか?

生存報告(最近の仕事)

あんまり長いことブログを放置していると「何やってたんだ?」と思われるので、とりあえず年末年始〜春先の仕事の一部を記しておきます。
『名作名言 一行で読む日本の名作小説』(isbn:4800268370
島崎藤村『破戒』、太宰治人間失格』、小林多喜二蟹工船』、大岡昇平『野火』などの解説を担当。中島敦山月記』はまさに現代のラノベ作家志望やユーチューバーか企業家の挫折した姿、石川啄木『一握の砂』の短歌はニートのツイートみたいなものだと論じてます。
『日本史100人の履歴書』(isbn:480026605X
平安時代の章と近代の章を担当。平安編では、当人の努力ほぼゼロで成り上がった藤原道長、女子校文芸部のボスのごとき紫式部、ほとんど計画性皆無で反乱を起こした平将門などに言及。近代編では、伊藤博文の好色伝説、渋沢栄一の唯一の失敗は後継者育成、東郷平八郎の女子校視察の意外な顛末、東條英機は私利私欲なきブラック企業経営者……といった話を書いてます。
『日本史ミステリー 天皇家の謎100』(isbn:4800268850
神話時代から古代、中世、現代までの皇室の幅広いエピソードを網羅。当方は、紀元節の起源、天皇の輿を担う八瀬童子園遊会の参加者はどうやって決まるのか? 皇族の著作などの収入をめぐる裏話、「元号」の制定過程などについて言及。監修の山下晋司氏にはお手数をおかけしましたが、おかげで中身の濃い本になったと思います。

ウケる温故知新とウケない温故知新

――さて、仕事で日本の歴史を調べていると、先に触れた「逆方向にお花畑」の人がいかに珍妙であるか痛感せざるを得ないことが多い。それも、まったく左翼的な視点ではなく、むしろ保守的歴史観の面から見てだ。
神武天皇は実在した」と主張する方は、『日本書紀』にしっかりはっきり拷問大好きの暴君と書かれた武烈天皇も実在したと認めるのか?
最近は中国韓国は儒教国家だからダメだとか、国語の漢文は廃止せよとかドヤ顔で語る人もいるが、明治期まで旧武士も公家も日本のインテリ層はみんな、四書五経などの漢学が基礎教養だった。明治維新が起きたのは、水戸学などを通じて江戸時代に儒教の忠君愛国思想が普及し、「皇室の権力を奪っている幕府を正すべし」という意見が広まったからだ。「儒教・漢文は悪だ」論者は、明治維新を全否定なさるのか。
今日でこそ戦後憲法との比較で権威的抑圧的に思われている大日本帝国憲法だが、制定時にこれを熱烈に批判したのは、リベラル派ではなくむしろ保守派だった。明治天皇の家庭教師を務めた儒学者元田永孚などは「憲法? 内閣制度? 伊藤博文の奴は西洋かぶれだ、なぜ律令制の復活にしないのだ!」という見解だった。
昨今は立憲主義という概念自体が日本にそぐわないと主張する人もいるらしいが、だったら十七条憲法を制定した聖徳太子反日だったんですか。