電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

列外.『東離劍遊紀』

脚本:虚淵玄http://www.thunderboltfantasy.com/
本年、純粋に娯楽作品として接した中ではもっとも熱中した番組かも知れない。仮面ライダーの次は台湾の浄瑠璃みたいなもの(布袋劇という)に手を出すとか、虚淵の引き出しの広さは予想以上。登場人物がほぼワルしかいないのも武侠物らしい。

10.TVドラマ『精霊の守り人』脚本:大森寿美男

脚本:(http://www.nhk.or.jp/moribito/
とりあえず、やっと日本で「ファンタジー物=西洋風でないといけない」の呪縛を脱して、日本人の役者が演じて違和感ない作品がメジャーな形で放送されたことに喝采。久々に松田悟志の派手なアクションが観られたのも嬉しい。

9.映画『バットマンvsスーパーマン』

監督:ザック・スナイダーhttp://wwws.warnerbros.co.jp/batmanvssuperman/
アメコミヒーローへの関心は低かったが、町山智浩による原作の紹介が興味深かったので観賞。当然「ただの人間のバットマンがどうスーパーマンと戦うんだよ?」と思っていたら、ベン・アフレック演じるブルース・ウェインはあの手この手で小細工をくり返す。
異邦人の若造(スーパーマン)と、女(ワンダーウーマン)の台頭に手を焼くブルース・ウェインの姿に、「アメリカの白人中年男大変だな……」と思ったのは俺だけか?

8.映画『帰ってきたヒトラー』

監督:デヴィッド・ヴェンド(http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
独裁者を生むのは民衆――というよくできたお話。ラストシーンでは現代ヨーロッパの排外デモが1930年代になぞらえられるが、ふり返ってみると、2010年代ではなく1960年代でも1990年代でも社会に不満を抱く層はいて、「新しいファシズムの予兆が」と言う人はいた。この映画、トランプ大統領就任で一気に現実に追い抜かれた印象だけど、ちっとも新しくも古くもない。

7.ルポ『インド独立の志士「朝子」』

笠井亮平:著(isbn:4560084955
第二次世界大戦中、日本やドイツと連携していたチャンドラ・ボースインド国民軍義勇兵の顛末。インド国民軍の婦人部隊では17歳の女の子が隊長で大尉とか、ガンダムか何かのアニメみたいな話だが、動乱期の革命軍ではこういうことが本当にある。
結局、志なかばで終戦直後に死去したボースは、枢軸国の協力者ということでインドでの評価も微妙だ。しかし、ガンジーからは「インド国民軍はヒンディーとムスリムの融和というすばらしい前例を作ってくれた」と評価されていた。独立後のインドはヒンディー教徒のインドとムスリムパキスタンに分裂し、今も対立が続いていることを思うと、なかなかにせつない話である。

6.評論『「反戦・反原発リベラル」はなぜ敗北するのか』

浅羽通明:著(isbn:448006883X
本書は左翼批判というより、動員が目的化した方法論の批判、「デモなどやらなくても政治が変われば結果良し」という話。その選択肢には、ロビー活動、外国勢力を引っ張り出す、ストライキなどのほか、究極的には暴動やテロだってある。
「意見が違う人」ではなく「立場が違う人」(そもそも政治や思想に興味自体ない親兄弟や近所の人)への働きかけの放棄、同意見の人間の世間でツルむ居心地の良さへの耽溺などの問題は、今やむしろ左翼よりネトウヨにも当てはまると思ったのはわたしだけか?
世の中は「敵と味方/右翼と左翼」の2種類でできてるんじゃない、じつは「無関係の第三者」が99%なんだよ! それに訴えられるかこそが重要。
あと、「空気読めなかった(近代的自我を持ってたともいう)」(177p)という一節は大笑いした。

5.ルポ『戦争中の暮しの記録 保存版』

暮しの手帖編集部(isbn:4766001036
本物の戦争経験世代が次々と亡くなる中、大東亜戦争大義だの大局視点の政治思想論ではなく、庶民の実感として戦争はどうだったという視点は急速に忘れられつつある。本書は、NHKの朝ドラマで注目が集まった花森安治の仕事の一つだが、終戦から20数年の時期に集められた「普通の人の戦争体験」の集大成だ。
東京大空襲のあと家が焼け残った人が、「なまじ家があると肩身がせまい。早く焼けてくれりゃいい」と妙な罪悪感を覚えたという話(74p)、イモばかり食ってる疎開先で白米の弁当を持ってきた児童が「制裁」されたという話(132p)、戦局が激化した時期、戦地の兵士と苦労を分かち合うため児童にはだし登校が課された(179p)という話(当然ながら、内地の小学生がはだしで登校したって敵兵は一人も死なない)などは興味深い。
要するに、直接の戦災より「みんな苦労してるのに楽をしてはいけない」という同調圧力の空気が相当に重かったことがうかがえる(一方では、空襲で焼け出された一家に周囲の人間が食料や家財を分けてやったというような「いい話」もあるけれど)、この手の「ぜいたく狩り自粛要請空気圧力」みたいなものは、2011年の東日本大震災後などをふり返ると、平成時代もあまり変わらん気がしてならない。