電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

消えた住宅街のノコギリ屋根工場

今から15年ほど前、つまり90年代の中ごろ、杉並区の桃井という西荻窪に近い場所で、マンションの清掃員をしていたことがある。
毎日、住民の出す大量のゴミを清掃車が回収したあとゴミ置き場を掃除したり、窓を拭いたり廊下を掃いたりしていたわけだが、夏場はたびたび怠けて冷房の効いた詰め所で本読んだりしてたので管理人にどやされたものだった……とかいう話はどうでも良いのだが、つい先日、なんとなくそのマンションの近所に行ってみた。
当時そのマンションの真向かいに広大な日産の自動車工場があった。それも昭和30年代を描いた漫画に出てくるような古めかしいノコギリ屋根の建物だ。閑静な住宅街のど真ん中には、じつに似つかわしくなかった。ただし、確かに操業はしているのに、工場らしい騒音はまったくしなかった。その点も含めてふしぎな工場という印象だった。
で、10数年ぶりに杉並区桃井まで来てみると、往時に仕事をしていたマンションはあまり変わりなかったが、その向かいの日産の工場が跡形もなく消え去っていた。代わりに、向かいのマンションより遙かに大きな高層マンションが森のように建っている。最近どこもマンション建設ラッシュだが、どの程度住民が埋まっているかは不明である。
昨今、日本国内のあらゆるメーカーで工場の国外移転による産業の空洞化が指摘されているが、よもや東京のど真ん中、それも昔ながらの下町風の町工場の多い東京東南部ではなく、戦後に発展したはずの東京西部の杉並なんて土地でその実例を見るとは!
ところで、あとから知ったが、件の杉並区桃井の日産自動車工場は、もともと戦時中の軍用機メーカー中島飛行機の工場であったという。
なんとも皮肉な奇縁を感じた。わたしはつい最近、零戦についての本の仕事していたのだ。