電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

巷間の「物語」とは一致しない事件の真相

グループSKIT編著『平成日本を震撼させた 重大事件未解決ミステリー』(isbn:4569679803)、『世界の未解決事件53』(isbn:4569812112)が発売中。
当方は今回、『重大事件未解決ミステリー』では「平成21〜24年」の章と「平成16〜20年」の章の一部を担当。内容は、PC遠隔操作事件(2012年)、秋葉原無差別殺傷事件(2008年)、構造計算書偽造事件(2005年)、上海総領事館員自殺事件(2004年)などなど。章冒頭の概説は自分なりの時代総括として力を入れたつもりです。
『世界の未解決事件53』では、テロや謀略系の事件を担当。内容は、リトビネンコ暗殺事件(2006年)、アラファト議長暗殺疑惑(2004年)、炭疽菌テロ事件(2001年)、人民寺院事件(1978年)、インドネシア9月30日事件(1965年)などなど。
有名な事件でも、世間に流布されている「物語」と実像は案外違う場合が少なくない。
たとえば、加藤智大の秋葉原通り魔事件は、当時「格差社会の被害者の反逆」または「非モテの暴発」という物語が通説として広まった。
しかし、加藤当人は2010年に刊行した獄中手記で、こうした解釈をみずから全否定し、事件を起こした直接の動機は、自分が事件を起こせば、ネットの掲示板上で自分をコケにした連中が「俺があいつをいじめたせいで事件が起きた」と悩むだろうと思っての当てつけだったと吐露している(ただし、手記の内容が本心かどうかもわからないが)。
はたまた、2001年に起きた炭疽菌テロは、多くのアメリカ人から911テロと同じくアルカイダイスラム過激派の犯行と思われながら、のちに他ならぬ米国陸軍の細菌兵器研究者が有力な容疑者として浮上、しかし、逮捕前に謎の死を遂げている。
――だが、今後も「加藤智大は格差社会非モテ差別の被害者」とか、「炭疽菌テロはイスラム過激派の犯行」と信じたい人は信じるのだろう。
こうした「物語」は、それを信じることが心地よい人間に支えられている。おかげで放っておけば「ネットの検索で出てくる俗説」は、事実かどうかより、納得しやすい話ばかりになる。だから「ネットの俗説」以上のものを書くことに活字の仕事の意義がある……まあ、読む人の願望を覆しても喜ばれないかも知れないけど。