電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

2.『風立ちぬ』

すごく評価しづらい作品。
要素だけを言えば一個人的にはもう俺の好きな物だらけ、技術バカのマッドサイエンティスト、飛行機とかのメカ、戦前の旧制高校エリート的空気、大正期から昭和初期の生活感もツボ。
これがマニア向け模型雑誌の『モデルグラフィックス』に小品として載っていた分には「世間の多数が知らん(知らなくていい)宮崎駿らしい佳作」としてニヤリとできたのだが、余計なデテールを足して映画化されて百万人単位の目に触れ、それが一部の批判はありつつおおむね大ヒットしてしまうと、どうにも違和感が拭えない。
(でも関東大震災の描写は秀逸だった! 抑揚がなくボソボソとした庵野秀明の声の演技も結果的に、人間的に不器用な職人技術者というイメージには合ってた気がする)
本作を主人公に戦争協力者としての葛藤がないとか批判するのは完全に戦後現代からの視点でしかないし、じつは宮崎駿自身がそういう目先の自分の仕事技術に熱中して後先見ないおっさんで、そういう人間が明治から高度成長期までの日本を牽引してきたのも事実の一側面ではないのか……そんなことがわざわざ論議になってしまったのも、本来はマニア向けの小品が劇場大公開の作品になってしまったミスマッチのせいに見えた。
劇中の架空の堀越二郎の「飛行機好きのマッドサイエンティストで嫁も顧みない奴ですが何か?」という人でなしぶりは、マトモな倫理観なら叩かれるべき所だ、しかし宮崎駿がはからずも百万人単位の大衆相手にその本音をぶちまけた結果に奇妙な感動を覚えた。