電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

1.『謎の独立国家ソマリランド』

高野英行:著(isbn:4860112385
アフリカ大陸の東端にある、世界の多くの国が未承認の自称独立国ソマリランド旅行記
とにかく「国家」の概念について目からウロコがはがれまくる。
ソマリアは1991年に中央政府が崩壊して以来、海賊やテロリストが跋扈する「北斗の拳」状態なのであるが、中央政府はなくとも電気も水道も携帯電話もインターネットもぜんぜん使える。市場には海外から商品がばんばん入ってくるし飲食店も普通に営業してる。
ソマリ人は現代でもなお氏族社会が生きている。昔の日本の平氏とか源氏とか北条氏みたいなもので、同じ氏族に属する人間なら大統領の秘書でも「親類のおじちゃん」のように簡単に呼び出せるし、別の氏族でもたいてい姻戚関係の人間がいるから簡単に話が通じる。
結婚、離婚などの民事訴訟や軽い傷害事件程度なら民間のイスラム法廷か氏族の話し合いで弁済をすればあとは一切文句なし、戦争だって氏族の長老の話し合いで解決だ。すげえ、政府なんかなくても国が回るじゃねえか! まあ、もともとソマリ人は定住しない遊牧民で人口も少ない小規模の国だからだが。
「察するに、欧米に住むディアスポラが何人か集まって「会議」を開き、国家樹立を宣言。家のパソコンで国のホームページを立ち上げ、あとは地元の長老や民兵組織と話をつけると、なんとなく国みたいなものができてしまうのではないか。あくまで私の憶測だけど、当たらずといえども遠からずだと思う。」(285p)。まさにインディーズ国家だ。
本書でゲラゲラ大笑いした箇所は多い。旧ソマリア内には日本の中古車が少なくないという。「一度など、車の両側に高々と自動小銃を掲げた民兵が二人、立ち乗りしているバスが向こうから走ってきたのだが、バスの正面には大きくひらがなで「ようちえん」と書かれていて、そのシュールさに目眩がしそうだった。そんな幼稚園、あるか!」(331p)
ソマリランドは本来遊牧民の国だが、報道機関や政府関係者など都市に定住するインテリの間では「あのノマドが!!」といえば、「あの田舎者のならず者が!!」という罵倒の言葉だという(250p)。なーにが「ノマドワーク」だwww
筆者はアフリカといえば戦乱と貧困という一面的イメージに対し、現地の人間が案外しぶとくのほほんと生きていることをよく強調する。「ニュースでは悪いことは報道されても、よいことは報道されない。」(414p)
そんな本書でもっとも感動的なのは、タフでビジネスライクなソマリランド人と長らく取材で苦楽を共にしてきた筆者が、通訳から、自分たちはもう友人なんだから仲介の手数料はどうでもいいと言われる場面だろう(417p)。
その後、筆者は「在外ソマリランド人」の列に加えてもらう。赤の他人でも個人同士の信義によって氏族の仲間になれるのだ、中華圏や日本の「義兄弟」と同じなのである。