電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

「右翼」も「左翼」も変動相場制

かつて1980〜90年代当時、「『右翼』『左翼』という言葉は死語になる」などと言われたものだった。ところが、21世紀のネット世論では、いまだにこの語句がぽんぽんと大安売りで使われる。
そりゃそうだ、世の中全体がより保守的になっても、より革新的になっても、その中でさらに、「どちらかと言えば保守派/どちらかといえば革新派」というグラデーションが常に生まれるのだから、いつまで経っても「右翼」も「左翼」も死語にならないのである。
と、いうわけで、鈴木邦男監修・グループSKIT編『「右翼」と「左翼」の謎がよくわかる本』(isbn:4569819370)が刊行。内容は以下のような感じ。
○序章 右翼と左翼の真実
(基本編)
・なんで右翼と左翼って呼ばれているの?
ファシズムと右翼って違うの?
共産主義社会主義ってなにが違うの?
などなど…
○第1章 右翼の謎(右翼の雑学、事件、人物)
ネトウヨっていつからいるの?
・右翼の街宣車はどうして黒いの?
大隈重信暗殺未遂事件 右足を失いながらなぜ暗殺者を賞賛したのか?
・三無事件 戦後初のクーデター「三無」とはどんな意味か?
頭山満 右翼の「怪物」が孫文を支援した理由とは?
赤尾敏 なぜ「竹島は爆破してしまえ」と叫んだのか?
などなど…
○第2章 左翼の謎(左翼の雑学、事件、人物)
・日本の左翼は領土問題のことをどう考えているの?
アメリカにも共産党ってあるの?
日本共産党スパイ査問事件 殺された党員は本当に警察のスパイだったのか?
よど号ハイジャック事件 犯人たちはなぜ北朝鮮を目指したのか?
片山潜 スターリンはなぜ日本人左翼の棺をかついだのか?
浅沼稲次郎 左翼の指導者は熱烈な天皇崇拝者だった?
などなど…
当方は今回、巻末の鈴木邦男氏インタビュー……ではなく、おもに序章と第2章を担当、人物編では北一輝磯部浅一赤尾敏幸徳秋水大杉栄、難波大助などを執筆。
監修の鈴木邦男氏からは「日本の右翼と左翼の聖地はどこ?」「右翼と左翼の組織は一度入ったら抜けられないの?」などの有益なアイディアをご提供頂いた。
冷戦体制崩壊後の現在では「なんで左翼ってなくならないの? ソ連崩壊で社会主義共産主義はいっさい間違ってましたと判明したのに」などと思う人間も少なくないだろう。
しかし、第二次世界大戦後は「なんで右翼ってなくならないの? 日本もドイツもファシズム政権は敗戦でいっさい間違ってましたと判明したのに」などと思われたはずだ。
要するに、世の中で右派が主流か左派が主流かはシーソーのように時代状況によって変化する、「そのときはそっちが正しい」という話でしかない。
さらに言えば、右派の定義や左派の定義さえ時代状況によって流動する。
現在でこそ保守は嫌韓だが、米ソ冷戦時代、自民党をはじめ保守派ならソ連ほか共産圏の国々を敵視するのとセットで反共産主義国家の韓国を支持するのが当然だった。日本では長らく、右翼は天皇支持、左翼は天皇制打倒のはずだったが、現在では今上天皇自身が平和憲法遵守を掲げているので、改憲を唱える右派の方こそ現実の天皇とは相性が悪いという事態になっている。
本書ではそのように右翼の定義、左翼の定義が変化してきた点の説明に務めたつもりだ。

ドメスティックな左翼/インターナショナルな右翼

笠井潔白井聡の『日本劣化論』(isbn:4480067876)では、ヨーロッパの左翼運動や革命運動はマルクス主義以前から存在し、マルクス主義と敵対する左翼(自由主義キリスト教社会主義アナキストなどなど……)もいたが、日本では左翼運動とマルクス主義がほとんど同時に入ってきたため、マルクス主義の崩壊と運命を共にしてしまったと指摘されている。(164p)
一個人的には、日本で左翼の人気がなくなったのは、この点に加え、左翼が普通の日本人男性の貧困層を放置したまま、女性や障害者や日本人以外のアジア人など「いわゆる弱者」の権利ばかり唱えて、大杉栄トロツキーみたいな「叛逆する男」のロマンとかヒロイズムをすっかり否定してしまったからではないかという気がしてならない。
http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20070316#p2
一方、笠井&白井は、昨今のネトウヨが決して下流層ばかりでなく、外国帰りの上層サラリーマンなども多いと指摘している。(141p)
そりゃ、階層に関わらず持って生まれた「日本人」というプライドだけは共通だからだ。
左翼とは意志的な属性に依拠する者、右翼とは先天的な属性に依拠する者なのである。単に「日本人」というだけでなれるのだから、右派の方が敷居が低いわけだ。
しかし、明治から大正期には「右翼インターナショナル」という発想もあった。
玄洋社頭山満宮崎滔天アジア主義者民間右翼は、欧米白人列強に対抗するため清国や朝鮮など、アジア諸国明治維新革命を輸出することを考えていたのだ。
これは決しておかしなことではない、欧米なら右翼思想のバックボーンにキリスト教があるが、日本ではもともと支那から渡来した儒教がそれに当たるからだ。
多くの人が見落としているが、じつは明治維新儒教革命である。江戸時代の国学神道復興は、儒学者山崎闇斎水戸藩の水戸学派によって先鞭がつけられた。
そして、儒教の忠君思想をつきつめると「幕府が天皇の権力を奪っているのは忠義に反するから正さなければならない」という考え方になる……尊皇攘夷・倒幕のイデオローグとなった吉田松陰横井小楠は、もともと儒学者である。昨今「中韓儒教国家だからケシカラン」などとドヤ顔で知ったかぶっているのは、それこそニワカの物言いだ。
そういえば、映画『革命の子どもたち』では、パレスチナゲリラと行動を共にした重信房子日本赤軍の足跡が描かれていた。
http://www.u-picc.com/kakumeinokodomo/
重信の父はアジア主義者の右翼だが、娘とは敵対していない。これは劇中で不思議なことのように語られているが、べつに矛盾はない。1970年代当時、竹中労は、アジア諸国の独立を支援した玄洋社大陸浪人とアラブゲリラを支援した日本赤軍の共通性を指摘し、日本赤軍を「アラブ浪人」と呼んでいる。