電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

カルトの「魅力」とは何か?

――と、以上のような理屈を幸福の科学の会員にぶつけても、たぶん効果はない。人間には、ネット上の名前も顔も知らんどこかの誰かの批判より、直接に面識のある仲間(同じ信者)の言うことの方を信じる心理がある。
これはカルト宗教に限らず、右や左や上や下の政治思想的な団体でも、ネットワークビジネスマルチレベルマーケティング)にも共通することだが、そういう団体・組織の信者にとって、その団体や教祖は「魅力的」なのだ。あるいは、その団体・組織に属することによって周囲の人間より一段高い立場になったようなエリート意識が得られている。
問題は、こういうカルト宗教の構成員も、個々にはわたしなんぞよりもずっと、礼儀正しく明るく爽やかで親切な「良い人」が圧倒的に多いという点だ。しかし、そんな人たちが集団になると強烈な同調圧力を振りかざして来るから手に負えない。
以前も述べたが、カルト宗教などが人を「洗脳」する力とは、教祖個人のカリスマよりも、集団がつくりだす「場の空気」の力であり、洗脳とは個人の自由意志が「場の空気」に屈することだ。
一般的に、日本人の多くには宗教と聞けば何かうさん臭く思う心理があるが、それはなぜだろうか? 自分が好きでもない教祖を崇めたり、高額な商品の購入や集会への参加を強要されるからだろうか。しかし、実際には直接的な形で強制するとは限らない。
人を洗脳しようとする集団は、組織・団体の人間関係に取り込んで孤立感を味わせたり、「団体に従うことが正しい」「疑問を抱く自分の方が間違っている」と"自発的に"思い込むよう誘導していく。わたしは「リバティコープ」の集会でそれを大いに学習させられた。
このような集団に捕まった場合、身を守る端的な方法は「あえて場の空気を読まないこと」である。