電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

「話せばわかる」の人と「問答無用」の人

頭脳警察PANTAパンタ)が1987年に出した「クリスタルナハト」というアルバムがある。
このタイトルの由来は、1938年11月8日に、ベルリン西部で起きた、ユダヤ人商店街襲撃暴動事件(ナチス党員も関わっていたし、何の変哲もない普通の市民も多く関わっていた。日本の関東大震災の時の朝鮮人焼き討ちのように)のことで、その夜は、ユダヤ人街の窓ガラスは片端から叩き割られ、破片が路上に散乱したことから「水晶の夜」と呼ばれたという。
この事件のきっかけは、なんとも皮肉としか言いようが無い。
なんでも、その前日の11日7日、パリにあるドイツ大使館の書記官が、ユダヤ人の青年に殺害されたため、その報復として起きた事件だというのだが、その殺されたドイツ大使館員というのは、ユダヤ人を抑圧するナチスの手先かと思いきや、実は、ドイツの役人でありながらナチスには反発し、ユダヤ人に同情的という理由で、ゲシュタポに目をつけられてたよーな人物だったという。
ドイツ大使館員を襲撃したユダヤ人青年としては、ドイツで迫害される同胞と、日増しにフランスにも迫る危機のため頭に血が上っての犯行だったのだろうが、とんだ皮肉な誤爆だったわけだ。
――ハッキリ言って、この手の話は歴史上にキリがない。
5.15事件で昭和維新を唱える青年将校に暗殺された犬養毅も、2.26事件で殺された高橋是清も、当時の日本国民を搾取する悪辣な政治家だったかといえば、むしろ全然逆に、当時の日本の深刻な不況と政情不安を打開すべく真摯に働いてた筈の人間で、それこそ話せばわかった筈だ。
オーウェルはスペイン人民のために義勇兵となって訪れたバルセロナで、そのスペイン人民戦線政府によってスパイ容疑を掛けられ、危うく生命の危機に晒されながらイギリスに逃げ帰った。
「真の悪党はどっか安全な場所に隠れているものである」とか、そういうことが言いたいわけではない(いや、実際世の中にはそういう事実もあるが)。
テロとかゲリラというのは、相手を選ぶような余裕などなく、頭に血が上っている人間で、だから、テロとかゲリラに走るようなものである、ということである。
この辺の、平和な世界の住人との根本的な温度差の違いに対する想像力を、今の日本人は失ってるんだろうな、と思う。多分、大東亜戦争さ中の日本人にも、鬼畜米英にも良い人もいるさ、などと考える余裕のある人間は少なかったろう(山田風太郎の『戦中派不戦日記』では、戦時中、若い学生より、大正のデモクラシー時代を知る年長の教師の方が、アメリカに対し、その優れた点は正当に認める態度を示している、という描写があった)。
で、ここまで書けば何の話がしたいかはまあ予想がついたかも知れないけど――先日、イラクでとっ捕まった三人日本人は、むしろ当地の人間に同情的な報道関係者と市民運動関係者だという。
これも皮肉としか言いようない話だろうが、これもまた、きっと、繰り返されてきたよくある話の一パタンなのだろう。