電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

まず、個人的に引っかかった点いろいろ

  • 観はじめて痛感したのは「ブッシュという人物は実にマヌケそうな顔の映像が多い」ということだった。当然、ムーアはマヌケそうな映像を特にセレクトしたんだろうし、逆にアメリ大本営は格好よく見える映像ばかりをセレクトしてるだろう。また、ブレアでも小泉でもプーチンでも、意図的にマヌケそうな顔の映像だけ、あるいは格好よく見える映像だけを集めようと思えばできるだろうが。

ともかくこれは、かつて一国の指導者がそうそうTVほかの映像メディアに写ること自体が少なかった時代にはなかったろうことで、現代の情報過多の状況は、メディアをうまく使ってるつもりの権力側にとっても両刃の剣になってしまうのだな、と思えた。

  • 冒頭の、議会での2000年大統領選結果への異議提出の場面(フロリダでは意図的に有色人種は選挙権がパージされたとかで苦情を言うのは黒人の下院議員ばかり)といい、中盤の、軍による兵士勧誘の場面(富裕層は軍に入らないというわけで勧誘対象になるのは貧困層ばかり、それも黒人ばかり)といい、反ブッシュの人間として出てくるのが、あまりに黒人(アフリカ系アメリカ人)ばかり過ぎるので思わず演出なのかと勘ぐりそうなったのは、俺が疑り深過ぎるせいか? だって、イラク現地米兵たちの証言映像までも、なんだか戦争楽しんでる系の発言者は白人が多く、苦悩してる系は黒人兵が多いんだし。いや実際、何ら演出なく事実そうかも知れぬが、だとすれば相当にアメリカの闇は深い。

個人的には、パウエルやライスが同じ黒人からどう見られているのかが気になる。あれは「黒人でも保守層に従えば出世もできる」という権力側の広告塔ヒーローなのだろうから。

  • オサマ・ビンラディン個人に関する言及が少なすぎる気がした。911以後ブッシュの、保守層からも叩かれるべき最大の失策は、事件後丸3年経つのに、いまだ、すぐに犯人と断定したオサマ個人とその幹部を捕えて法廷で裁くことができていないことだろう。

イラク侵攻は、結果としてフセイン政権崩壊で解放された人も多い、と言えば一面正当化できるが、オサマを逃がしたきりなのは、アメリカ大衆の愛国心と復讐心に訴えても正当に批判できる失策だろう。そう「復讐心」、これじゃないのか? 911以後のアメリカで、戦争で利益を得られる一部の支配者層だけでなく、兵士になってる庶民大衆までもが頭をヤられてるのは。
前半には911テロの犠牲者遺族の証言映像が出てくる、ムーアは慎重に、犠牲者遺族の悲嘆と怒りを「だから復讐のためにアラブ人ぶち殺すのはいくらでもオッケー」という最悪の短絡思考につなげるのを回避しようと努力している(アフガン空撃の死者数は、911テロの死者数を若干ながら上回っている)。だが、それを「為政者ブッシュの無策への怒り」にもってゆくのは、「選挙登録もしてないような、911テロがイラクフセインの仕業と勘違いしたままの無学無知な貧困層」に向けた映画としては、少々難しい話だろうと思える。
誉められるこっちゃないが、「復讐心」というのは、人間の感情としては正当、自然なもんだ。日本でも、北朝鮮が拉致を認めたら、容赦なく「朝鮮人叩いてオッケー」となったが、これ自体は流れとしては異常ではない感情だろう。
ブッシュは、盛り上がった「復讐心」の対象オサマをまんまと逃し、盛り上がった国民の怒りの拳の持ってゆき先に困って対象をすりかえた――ここをもっと強調した方が良かったんじゃないか、とも感じる。