電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

ビッグ・ブラザーを作ってるのは

さて、ではこの映画、どうだったら公平、公正な映画と言えたろうか? プロパガンダを「らしく」見せるのに有効なテクニックのひとつは「とりあえず相手の言い分も取り上げてみること」かと思える。
ブッシュとその戦争の支持者として出てきたのは、ブッシュ一族個人と親しく、戦争で利益を得ている大企業ハリバートンやカーライルの人間、あとブリトニーとか。
だが、恐らくは庶民大衆層の中にもブッシュとその戦争の支持者はいるはずだろう。
イラク駐留の米兵が「俺の月給は2000〜3000ドル、だが石油採掘に来たハリバートンの社員は8000〜1万ドルだ。同じ、一日中砂漠を走り回る仕事なのに」と言う場面があった。石油採掘に来た社員を守っている、より危険な仕事に従事してる側の方が薄給というのはひどい話だが、ハリバートンやカーライルにも下っ端労働者はいるだろう。戦争特需を得ているのは富裕階層だけではあるまい。
で、そんな底辺でブッシュを支持する善意の人々の声も入れた上で、だが彼らの仕事の成果ってのが、イラク民衆の抑圧になっている、と、描けば良かったのではないだろうか。
劇場でパンフレットを買ったら、ずばり越智道雄氏(米キリスト教原理主義極右などの文化史の専門家である)が、ラッシュ・リンボーについて言及していた。
右派代表の芸人らしいラッシュ・リンボーは、恐ろしく通俗的に言えば「アメリカの小林よしのり」あるいは、老人やらブス女を愚弄する差別ギャグを乱発してた頃のたけしみたいな存在であるらしい。
こういう右派イデオローグが影響力を持つ相手は、大衆層である。とかくインテリ・リベラル層は大衆右派イデオローグを馬鹿にしてナメているものだが、インテリ・リベラル層の無粋な良識(古瀬絵理のニックネーム「スイカップ」までもをいちいちセクハラ的する朝日新聞のセンスとか)に反発する層の本音をつかんでいるのは大衆右派の方だ。
華氏911』のラストじゃ、ジョージ・オーウェル1984年』から、体制が戦争を行うのは勝利が目的じゃない、戦争の継続それ自体によって民衆を独裁的に支配し続けるためだ、という一節が引用されてた。見事な指摘だ。だが、オーウェルのこの小説が凄かったところは、作中、無知無学な庶民大衆が独裁者ビッグ・ブラザーの支配を喜んで受け入れている、ということで、自ら進んで独裁政権のため働き、政権に疑問を思わぬ人々の描写も随分とされている。
唐沢俊一氏も書いてた通り、貧困層から志願して兵士になった層がこの映画を観て「俺たちの苦労と努力をコケにする気か?」と怒るようであれば、それは最悪の皮肉だが、その可能性は決してないわけでもあるまい。