電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

戦後十年ごろの国

岩波ホール『サラエボの花』を観て来る。
本作品に興味を持ったのは、サッカー日本代表オシム監督が推薦しているから、というだけではない。
自分は昨年『図解「世界の紛争地図」の読み方』(isbn:4569667198)という本の仕事をやったとき、旧ユーゴのこと調べてとか書いてるし、すでに10年あまり、旧ユーゴスラヴィア映画の『アンダーグラウンド』をマイフェバリット洋画の一つとしている以上、「その後」の旧ユーゴの映画を観ないのは無責任だろ、と思ったからである。
もっとも、本作品は女性監督が、戦場レイプ被害者(旧ユーゴ内戦では、日本で「サラ金」を「消費者金融」と言い換えたり「陰毛」を「ヘア」と言い換えるように、「強姦」を「民族浄化」と言い換えた!)のその後をテーマにした作品というので、『アンダーグラウンド』のような戦争を無邪気にネタにした陽気さは期待できまいと思っていた。
が、案外と、現実の戦後十余年の国の人間はタフに描かれている。
元兵士の子供が立ち入り禁止の廃墟にこっそり父の形見の拳銃を隠していて、その友達である女の子(これは主人公の娘)がそれを撃たせてもらってはしゃいだり、主人公の勤務先の店主が主人公と親しくなろうと思って、戦死した父親のヨタ話を始めるなど、いい感じに、悲惨一辺倒にもならず、戦争の記憶と平穏な日常の混在が描かれている。
ちょっと意外だったのは、劇中、冗談めかしてではあるが「チトーに誓って〜」というような台詞が出てきた点である。共産政権時代の指導者など今や完全に尊敬されてないのではないか、と思っていたのであるが、考えてみれば、旧ユーゴに関してだけ言えば、チトーはただの共産党の独裁者でもない。ドイツ軍の侵攻から祖国をほぼ自力のみで解放し、戦後もスターリンの言いなりにはならなかった指導者だからな。
それより印象深かったのは、主人公の勤務先の店主も元兵士なのだが、その元上官がやくざ者になっていて、誰それはけしからんから殺しちまえ、タリバンの仕業にでも見せかけろ、などと平然と言い、一応平穏な生活を送っているこの店主も、それに逆らい難い雰囲気だったりする、という場面か。
いや、日本だって、戦後10年程度の時期はこんな感じが珍しくなかったのではないか。
不謹慎承知の発想をあえてさせていただければ、誰か旧ユーゴ内戦集結から現在までを舞台に、深作欣二のようなノリで『シティ オブ ゴッド』みたいな映画を撮ってくれたら、凄い傑作が生まれるかもや知れぬ。
これ、タランティーノあたりに期待するのは難しいか。