電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

あらゆる可能性を想定した実用書

――と、そんなわたしのごたくは良いのだが、実務教育出版『「裁判員」のことがよくわかる本』(isbn:4788907690)刊行。
右も左もわからないままとにかく裁判員候補者名簿登録者へのお知らせが来てしまった、という人のための実用書です。
当方は、おもにPART.3からPART.5までを担当、裁判員裁判で裁かれる罪状(強盗致傷、殺人、放火など)、審理の流れ、裁判官、検察官、弁護士はそれぞれ何をやるのか、評決の仕方などについてを書いております。
本書はふつうにわかりやすい実用書をめざしました。が、別に最高裁判所の公式見解を宣伝するのが目的の本ではありません。
というわけで、供述調書はじつは取調官による作文である可能性、被告が黙秘するのは有罪だからではなく別の理由がある可能性、証人がウソをついているわけではないが主観で間違いを口にする可能性、取調官が自白を強要させる場合のテクニック、ぱっと見ても気づかない誘導訊問……そういった考えうる多様な可能性を、具体的なセリフの例まであげて詰め込んでます(細かい部分は監修の先生のお手を煩わせました)。
当然、裁判の目的は被害者の復讐ではないこともさりげなく強調した。
それから、以前も述べたが、裁判員制度の問題点として、日本人の気質を考えると、素人の裁判員が職業裁判官の意見に誘導されて従ってしまう可能性が大いにあり得る。しかし、それこそ「法曹のプロの判断に一般市民がツッコミを入れる」というこの制度の本来の主旨に反する事態だ。
この国ではとかく「空気を読む」ということが美徳のように認識されているが、裁判員の参加する制度においては、職業裁判官や証人、被害者がどのような空気を作っていようと、「空気を読んだ上で自分の意見を言えること」が必要となるはずだろう(わたしのようにハナから「空気を読まない」という意味ではなく)。字数の関係上あまりくどくどとは書けなかったが、この点も意識して触れた。
ほかにも裁判員制度自体に問題点が多いのは事実だ(審理日数が少なく熟考できない、取調過程の録画が一部のみしかない、被害者の法廷参加で却って感情的判断に陥る危険性…etcetc)、これは今後の改善を待つよりない。
とりあえず当面は、制度がスタートしてしまう以上、じゃあ「考えうるあらゆる可能性を想定し、可能な限り偏見のない目で裁判員に望むにはどうあるべきか?」を示すしかない、というつもりで仕事しました。
ま、何の変哲もない地味な実用書ですが、そういうものとして役に立てば幸い。