電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

3.ゲーム『うみねこのなく頃に』

製作:07th Expansion
孤島の洋館を舞台とした連続殺人事件を描くノベルゲーム。
前作『ひぐらしのなく頃に』は、基本的には少年少女のお話で、猟奇殺人を扱いつつも、理解し合えば悪人はいないという結論だった。しかし今回は、主要登場人物の大部分は大人で、遺産相続とか会社の経営とかリアルに生臭い親子兄弟の争いや金の話が絡み、全員がシロということはありえない図式だ。
本作品では、一見不可能な犯罪を「魔法」によるものだと説く「魔女」と、それを否定する探偵役(正確には弁護士役)の主人公との論証合戦がくり広げられるが、この「魔法」とは、要するに、現実をそのように見立てる想像力の産物であることが暗示されている。
つまり、たとえば子供にサンタクロースの実在を説いたり、また、親しい人物が残酷な行為をやってしまったとき「悪魔が取り憑いたとしか思えない」と思おうとするのと同じ。実際、こうした幻想が人の心を豊かにする面もあれば、そういう幻想をどうしても必要とする人間もいる。この作品の「魔女」とは、ミもフタもなくいえば「魔女を自称してる痛い奴」とも言える。本作品は、それを是とするか否とするかを観客に問いかけている。
思えば、アニメやゲームや漫画などで「現実に帰れ」というオタク批判を試みた作品は少なくないが(最初の「エヴァンゲリオン」もそう)、作り手がそう言いながらアニメやゲームを作っている自己矛盾がそこにあった。だが、本作品は「現実に帰れ」でもなく、ファンタジーを全肯定でもなく、幻想を必要とする人間の心理を踏まえたうえで、「魔法」の飛び交うファンタジー的な表現を媒介に現実を理解しようとする物語だったのだ。えんえん長大なシナリオをEP4まで進めてそのことに気づいたとき、本気で震えた。
こうした点を抜きにしても、今どきのアニメやゲームやライトノベルなどでは大抵若者のキャラクターばかりしか出てこないのに、主人公の父母や伯父叔母などの大人たちの描写(事業の苦悩や子供との葛藤や夫婦愛)にやたらと力を入れているのも憎い。
そんなキャラクター配置といい、迂遠なまでのシナリオの大仕掛けぶりといい、普通のゲームメーカーやアニメ製作会社や出版社なら、こんな企画は通りそうにない。本来は個人サークルの同人ゲームとして作られたがゆえのものだろう。