電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

4.漫画『この世界の片隅に』

原作:こうの史代asin:4575941468
実録ではないが、2位に挙げた『二つの全体主義』の不満部分をほぼ補完してくれる作品。
女性の視点で、戦時下なお日々の食い物のことやら亭主との齟齬や嫉妬の感情やらに明け暮れる庶民の感情をただ率直を描いた本作品は、まったく嫌な感じがいっさいない(主人公が庶民のごく自然な感情として祖国の戦争を支持していた点も含め)。
戦後生まれのわたしたちは、つい戦争といえば悲惨一辺倒か英雄的一辺倒に勘違いしそうだが、戦時下でも、食い、異性といちゃつき、隣にいる人間と瑣末なことで争う「日常」はあった。そんな日常と、理不尽な死や破壊の充溢する非日常の奇妙な共存こそが戦争状態だったりする。
岡本喜八の戦争映画や山田風太郎の戦中日記はそのへんをよく描いていたが、そういった悲惨や不幸も苦笑混じりに描ける感性というのは、その気になればタフで下品に居直れる男性のもので、女性でそーいう感性を感傷的にならずに描ける才能は少ない……と、思っていたのだが、よもや自分とほぼ同世代の女性でそれを描ける人物が現われたのは感服せざるを得ない。