電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

日本人のための日本案内

KKベスト新書『100文字でわかる日本地図』(isbn:4584121680)刊行。今回は
 1章.日本の自然・環境
 2章.日本の生活・文化
 3章.日本の政治・経済
 4章.日本の産業
 5章.日本の社会・制度
という構成で、わたしはおもに1、3、5章の詳細部分を執筆、というか、もうほとんど全部の章にタッチしてます。
皆様は、夕張市に続いて倒産危険度の高い地方自治体はどこかご存知か? 東日本と西日本では医師数が多いのはどちらかご存知か? フリーターや派遣社員が多い県はどこかご存知か?
はっきりいって、書いた自分自身、今回調べて初めて知ったことは多い。
というか、東京在住ではいかに気づけないことが多いかと痛感する。
総務省刊行の統計本や各省庁の白書などを見れば、都道府県別の、高齢者の比率でも生活保護受給者の比率でも、農産物の収穫量でもなんでも、数値だけはわかる。
問題は、なぜそういう数値になるかだ。
はたまた、いかに日本の産業が東京一極集中状態にあるか、いかに1980年代末の日米構造協議以降の「自由化」で日本の輸入依存度が先進国の中では類を見ないほど進んでいるか、など、自分で調べてて途方に暮れた項目は少なくない。
といっても、まあ別に一冊全部深刻な話というわけでもなく、各地の自然の名勝や名産物を概説した観光案内みたいなページも多いんだけど。
新書一冊でそのへんのデータとその裏づけが揃ってるという意味では便利な本になっていると思うので、興味ある方は書店で手にとっていただければ幸いかと。

相対的な世界観

で、今度はまた別のある用で、ジンギス汗のモンゴル帝国による西方征服について調べていて、ふと以下の文章に行き当たった。

この西征は、意外なところで中国の歴史にも影響を及ぼすのである。というのは、西征をつうじて、モンゴル族は中国を制圧する前に、中国のそれに匹敵する高度の文明が世界各地に存在することを知ってしまったからである。彼らにとっては、中国の文明はもはや唯一最高のものではなく、幾つもある文明の一つにすぎず、それに心酔同化される必要はなかった。こうした認識が彼らの中国支配の在り方に影響を与えないはずはないだろう。
『物語 中国の歴史』寺田隆信(中公新書

これは興味深いと思った。
歴代支那王朝の中では、元朝清朝はいずれも漢民族ではない異民族王朝だが、その支配政策は大きく違う。
蒙古族元朝は、漢民族の文化・制度を取り入れず、色目人(ペルシアなどの西域の人間、交易に長けたイスラム教徒が多かった)を重用したという。が、満州族清朝漢民族に辮髪というファッションを強制したものの、それ以外ではみずから漢民族の文化・制度に同化した。
十九世紀に入ると、これが清朝の命取りになる。要するに、漢民族の持つ中華思想のダメな部分を率直に受け継いで、欧米の白人帝国主義諸国をいつまでも蛮族の夷狄扱いして、日本のように節操なく西洋近代文明を取り入れようとせず、そのために列強諸国の食い物になるのである。
では、元朝清朝と違う道へ進んだのはなぜか? という理由が上記引用の解釈となる。
満州族は、明王朝を滅ぼして北京に入城し、歴代中華王朝の文化に触れたとき、自分らは田舎者だと萎縮してしまったのかも知れない。しかし、蒙古族は、世の中には中華以外にも良いものは幾らでもあると知ってしまっていたので、中華文化にこだわらなかった、と。
で、以下、例によって牽強付会の我田引水だが、この論点構造はかなりいろいろなものに応用が効く気がする。
それこそまさに、先日2月9日の日録「普遍性とは何ぞや」で触れたような「東浩紀さえ読んでりゃよい」「ポスト構造主義さえ読んでりゃよい」という姿勢は、中華文化しか知らない(知ろうとしない)満州族清王朝と同じではないか、となるw

嫌韓厨につける薬・仮案

いや、冗談抜きに、こういう一元的視野の世界観認識に囚われた人間は少なくない。
その例のひとつが、いわゆる嫌韓厨ではないか、と思う。
嫌韓論者の何が問題かというと、彼らの多くはほとんど日韓関係(日本国(=自分)を肯定すること)にしか興味がないことである。
嫌韓厨は「韓国ほどヘンな国はない」と言う。なるほど、韓国の反日感情は異様である。
が、しかし、この程度の、隣国に異様な敵意を燃やす国など、世界中にある。
日韓関係ばかりにこだわる人間は、せめて一週間でいい、ちょっと日韓関係についてばかり考えるのを止めて、インドとパキスタンの対立関係についてでも、あるいは旧ユーゴスラヴィア諸国でのセルビア人とクロアチア人の対立関係について、はたまたアフリカ中部のフツ族ツチ族の対立関係ついて考えてみてはどうか?
日韓関係など、(間には海だってあるし)全然まだしもマシだと気づくはずだ。それこそ、蒙古族が世界には中華以外にもおいしい物はいくらでもあると知ったようにw

工藤 私もヨーロッパで暮らしていて、聞こえてくるのは隣の国の悪口ばかりでした。接触が多いからこそ喧嘩になるってことがあるんですね。
木村 いくら教育しても近くの国に対する偏見はなくなりませんね。
柴 チェコポーランドは、そういう関係ですね。
工藤 ああ、チェコポーランド、すごいでしょう、お互いに悪口を言い合って、こちらが頭痛くなるくらい。
木村 ポーランドハンガリーはわりと仲が良いんですね。(中略)ポーランドハンガリーの間にはチェコがあるからですよ(笑)。
(中略)どうも遠い国については、いくら宣伝しても「敵イメージ」は定着しにくいそうです。ドイツのアメリカ・イメージがそうなんで、ドイツにとってアメリカが第一次、第二次大戦ののときの敵であっても、アメリカのイメージは悪くない。
長沼 やはり「遠交近攻」ということですかね。
『世界の歴史 26巻 世界大戦と現代文化の開幕』
木村靖二,・柴宜弘・長沼秀世(中央公論社)付録座談会

(↑できれば該当地域の地図を見ながらお読みください)
そういえば日本も、草の根レベルでの嫌韓、反中意識は強いのに、反米意識は弱いな。
逆に言えば、アメリカとすぐに接するキューバや一部中南米諸国の国民の反米意識は半端ではない。
おそらく、パキスタンの嫌印厨は、自国とインドの関係にしか興味がないだろうし、セルビアの嫌クロアチア厨は、自民族とクロアチア人の関係にしか興味ないのではないか。
んが、多くの日本人にとっては「インドとパキスタンってどう違うの?」「セルビアクロアチアって何が違うの?」「フツ族ツチ族ってどう違うの?」マジわかんない、というようなレベルであろう。でも、当事者は真剣だ。
日韓関係も、無関係な国々から見れば、その程度のものであろう。
広い世界地図を眺めながらそう考えたら、隣国のことしか考えないなんてアホらしくならない? と言っても、やっぱり隣国のことしか考えられないのが、もともと遊牧民だったジンギス汗時代の蒙古族ならざる大多数の凡庸な定住民族なんだろうけどね。
(まったくの余談だが、ジンギス汗時代のモンゴル族が強かったのは、どうやら、彼らが定住民族ではなかったことと関係あるらしい。遊牧民である蒙古族の軍隊は、全員が騎兵であり城攻兵であり、とにかく兵の均質性、統率の一体感が非常に高かったという。
これに対し、当時の西欧などの定住民は、国王−貴族・領主−騎士−農地を耕す領民、という階級構造をもち、馬に乗るのは貴族と騎士だけ、領民は戦時だけ徴用されて単純な歩兵戦闘しかできず士気も低い、あとは雇われの傭兵……これでは統率の均質性も低くなる。
もっとも、戦に勝てても統治できなければ意味ないわけで、蒙古人は征服対象には最初にさんざん暴威を振るったあとは、基本的に現地の制度を存続させる方針だったらしい。西アジアの征服地では、元朝の方針と逆に、イスラム化した蒙古人も多かったそうである。
逆に言えば、なまじ世界文化の多元性を知っていて相対的視野を持っていたがゆえに、自分たち自身がキリスト教イスラム教や中華思想のような強固な一元的支配文化体系を築けなかったのが、蒙古民族の弱点だったのかも知れない)