電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

カレーを箸で食えというマイクロソフト

数年前、短い一時期いた会社で、マイクロソフトの「Flight simulator」というゲームのマニュアルの編集の仕事をした。あれだ、飛行機の操縦ゲーム。
大した事はしてない、学生のアルバイトさんに原文を大雑把に翻訳してもらったものを、航空工学や高空力学の資料を片手に正しい日本語に直してく作業だった。わたしも本来そっちにはシロウトで、結構苦労もした。
例えば、航空用語で「グライダー塔」というのが出てきた。何だそりゃ? 英語では"Glider tower"と書かれていた。前後の文脈を考えながら辞書をめくって思案した末、この"tower"は「塔」ではなく、動詞の"tow"(引く、引っ張る、牽引、曳航)にerってつけたもんだと合点、つまりこれは、動力の無いグライダーを動力のある飛行機で曳航するやつのことじゃないかと……
とにかく、そんな作業をいろいろやって読めるマニュアルを作った。「Flight simulator」シリーズはPC用ゲームとしてはロングセラーで、今でも廉価版になって売られてる。
米国本国のスタッフを含めこのゲームに関わった人間全体からすれば、わたしの作業など数千分の一の労力だろうが、PCショップの棚に今もこのゲームがあるのを見るとちょっとだけ嬉しくなる……
が、気分ぶち壊しになる話。先日行った池袋ビックカメラのPCソフトコーナーで、ある親子連れがこのゲームを買い求めようとして、店員に「ところで、このゲーム用のジョイスティックはないんですか?」と聞いていた。店員の答え「マイクロソフトでは既に生産終了です。純正品はありません。秋葉原にでも行けば非公式の類似品はあるでしょうが……」
マイクロソフトは何を考えているのだ? おい、フライトシミュレータをマウスとキーボードで操作しろっていうのか? 本物そっくりの飛行機操縦体験ができるのが売りの製品で、操縦桿ジョイスティックは無いとは何事か! これはカレーにスプーンをつけず、箸で食え言うのに等しい。
親子連れの客は暗澹たる顔をしていた。わたしは、かつて自分の働いていた炭鉱の閉山を知った元鉱夫のような気分になった(と、いうのはちと大げさか……)