電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

「戦前は父権があった」って神話じゃない?

杉並のラピュタ阿佐ヶ谷で「戦後60年記念企画 八月十五日、その日まで。」の中の上映作品として『ハワイ・マレー沖海戦』『太平洋の嵐』などを観る。
『ハワイ・マレー沖海戦』での、少年航空兵学校の場面は、当然、戦時中の映画だから実地取材フィルムなのだが、海戦シーンなんかよりずっと圧巻だった。
何万という数の、それぞれの田舎から飛行機乗りに憧れてやってきた少年たちが、一斉に起床、点呼、食事、体操をはじめ、ずっと年上の学生と共に辛い訓練に励み、汗を流し、笑い、そして遂に念願かなって飛行機で飛ぶ……なるほど、この中で青春を送った人間にとって、この記憶が思想抜きに一番輝かしかったろうこともわかる気がした。
ついでに『潜水艦I号』というこれも戦時中製作の海軍礼賛映画も観たんだが(当初手柄の機会が少なく不人気だった潜水艦乗りの人気向上を目指した戦意高揚映画臭かったが、一般に陸軍よりリベラルと言われた海軍では、その内実、エリート教育を受けてる士官サマは兵卒と食事も違うのだが、潜水艦だけは艦内が狭いから、士官も兵卒も同じ場所で同じ物を食う、という点など『ローレライ』でも描いて欲しかったな)、これも含めて、見事に共通する黄金のパターンがあることに気づいた。
父親の影がまったくないのである。
いや、艦長や艦隊参謀のような、渋い大人の男たちは画面に多数登場する。
どういう意味かと言うと、いずれも、主人公は、元はド田舎の素朴な農家の少年で、なぜか決まって父はなく、老いた母と暮らし、その母の面倒や家の野良仕事はどうしようか、と思いながらも、しかしやっぱり海軍の飛行機乗りや潜水艦乗りに憧れ、さんざん悩んで母に相談して軍に入隊する、というのがお決まりだったのである。
特に『ハワイ・マレー沖海戦』海戦で、主人公は飛行兵学校に入った当初、母を恋しがってたのに、それが任官し軍功を上げるにつれ、その母は、周囲に「立派なお子さんだ」と持てはやされても「あの子はもううちの子じゃないですから」と言うのは胸に刺さる(「うちの子」でないというのは「天皇陛下の子」って意味なのか……)。
戦時中から、家庭内に君臨する父なんぞより、残された母の孤独にスポットが当たっていたのである。