電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

永劫回帰

わたしの携わってる仕事は、『世界の神々』にせよ、『100字でわかる哲学』にせよ、先行類書は存在する。だが、だからムダな仕事をしているとは思ってない。
政治でも文学でもなんでも、すべてはやり尽くされている、歴史は繰り返すのみ、と、よく言われるが、まさにそう言われ尽くされても、なお繰り返しそう言われる。
かつての時代にも葦原骸吉のよーな男はいたろうし、わたしがこの世を去って後にもまた葦原骸吉のような者は現れるだろう。
しかし、それでは虚しくならないか? と、ツッコミを入れる者もあるかも知れない。そういう時にわたしが持ち出すのが、ニーチェ言うところの「永劫回帰」と「力への意志」(の都合良いインチキ解釈)というやつである。
つまり、全ては繰り返す、行き着く答えは同じ、グルグル回ってるだけ、であっても、まさにその過程を力強く生ききることにこそに意義がある、って考え方だ。
世にはゲームというものが多数ある、RPGでも格闘でも戦略シミュレーションでも、クリア目標はたいてい一つである。複数のマルチエンディングがあるパターンだって、要は、主人公キャラが勝つかゲームオーバーするかだ。
しかしそれでも、同じゲームの繰り返しプレイを楽しむ人間はいる、なぜか? つまり、このアイテムをゲットして使ってみたら? この技コンボを使ってみたら? といった「過程」のリプレイが面白くて何度もプレイする人間が多いのだろう。
何事も、必ずしも目的を果たす期待はしないが、過程でたまたま何か得られたら儲けもの、という希望は持つようにしている。