電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

バブル崩壊で日本は滅亡しましたか?

石平「中国『崩壊』とは言ってない。予言したこともない」 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/10/post-8667.php

近年、2015年6月に起きた上海株式市場の暴落やら、中国各地で「鬼城」と呼ばれる不動産投機のためだけに建てられた買い手のない無人マンションが増えている点などをもってして、「中国経済崩壊はもう始まっている」と語る人は少なくない。
では、このような兆候はあるだろうか?

  • 世界の売り上げトップ10企業から中国企業が全部脱落
  • 上海株が暴落した状態のまままったく株価が上がらなくなる
  • 北京や上海で上場企業が次々と大量倒産
  • 北京や上海の路上が失業者であふれる
  • 北京や上海の経営者に自殺が大量発生
  • 北京や上海の小売市場で高い商品がさっぱり売れなくなる
  • 欧米の企業が中国企業への出資を一斉に引き上げる
  • 海外での一帯一路のための工事がことごとくストップ
  • 爆買い中国人が日本からさっぱり消える
  • 中国共産党国営企業幹部が次々と欧米に亡命

当方としては、最低でも以上の3つは当てはまる状態でなければ「中国経済『崩壊』」とは言わんだろ、と思う。でなければ、せいぜい「中国経済『停滞』」だろう。
確かに、長期的視野では今後、中国経済も停滞してゆくとは思う。何しろ先進国と同じ少子化という病気が出はじめている。一人っ子政策を緩和しても、生活コストの上昇した都市部では期待ほどに出生率が伸びてないから、労働人口は減少していくだろう。
しかしながら、かつての日本もバブル崩壊と言われて以降、つい数年前まで経済は停滞しつつもGDPは世界2位の座にあり続けた。
共産党打倒の暴動が起きるのかと言えば、中共は20年前から社会主義国で初めて出国を自由化し、もうずっと「自国が嫌なら出ていけ」という方針だ。
……結局のところ、20年後の中国は共産党政権のまま、まさに今の日本のようにダラダラと、そこそこ豊かだがいささか気力の落ちた国になってるだけではないだろうか。

続・歴史の捏造について

この手の、政治や軍事の大局の話ばかりで現実をわかった気になって、庶民の生活実感の歴史とかを知らん(学ぼうとしない)人間がドヤ顔すると、ろくなことにならない。
しばし前、ひどい歴史の捏造を目にした。

昔は20代のOLでも純朴な女性が大半だったが、性的に穢れるようになってから純朴さが失われた。
そこで80年代には女子大生ブームが起こったが、すぐに女子大生も穢れた存在と見られるようになった。
そこでさらに90年代には女子高生ブームが起きたが、これもすぐに穢れたイメージに。
結局、00年代に入って女子中学生以下のロリブームが起こり、今に至る。

元を辿れば、成年女性が軽々しく股を開くようになったから、仕方なく男性は低い年齢へどんどん趣向が変わっていったわけで、ロリ問題を男のせいだけにはできんと思うんだわ。
https://layer13.tumblr.com/post/162079518209/

何この大ウソ。1980年代当時にはすでにロリコンブームってあったのを知らんのか(当時はミドルティーン〜ローティーン女子の裸も平然と雑誌に載っていた)。
さらに以前、1950年代の「太陽族」を描いた映画には、現代のヤリサーと同じく都内の一流私立大学生が10代女性をナンパしまくる場面が出てくるし、高校生の〈桃色遊戯〉を描いた〈性典映画〉なんてのもあった。これらはすべて石原慎太郎の脳内で創作されたワケではなく、当時の現実の流行風俗を取り入れた作品だ。
時代が進むほど女が純朴でなくなったとかドヤ顔で書いてあるが、むしろ戦前とか明治時代とか前近代とか時代をさかのぼるほど、貧困のため幼い女の子が今の小学生くらいの年齢で女郎屋に売られたとかいう話がゴロゴロある。田舎の村じゃ夜這いが通例、お祭りの夜には10代でも乱交とか通例だった。赤松啓介の著作でも5、6冊読んで出直してこい!!
歴史に無知なうえに男のロリコン性癖を相手のせいにするとか発想自体サイテーじゃねえか。
――実際、こうした政治や戦争の大局ではなく、民俗学的な庶民大衆の生活実態の歴史というものは記録に残されにくい。しかし、こうやって衣食住だの色恋だの性風俗だののデテールを無視してドヤ顔で世の中を語っていると、いずれとんでもない錯誤に陥るし、それこそ伝統への冒涜を招きかねない。
もしこの調子で、終戦時に5〜10歳ぐらいだった世代さえも死に絶えた後、「戦時中も終戦直後も日本人の子供は皆たらふく食べていた」、「疎開先でイジメなど一切なかった」、「中学生も勤労動員で働かされたとかウソ」となったら、そのへんの時代の苦労を題材にした藤子不二雄Aの『少年時代』などの傑作も意味がわからなくなるし、敗戦直後に「私のパンだけ白いのは困る。国民の配給のと同じにしてくれ」と語った昭和天皇のお心もぶち壊しではないか。

平和ボケと戦争オタク

この時期の風物詩というやつで、区役所に入ると、原爆投下直後の広島長崎の写真パネルを何種類も展示してる。
「これ、日本国内じゃなくて今の北朝鮮とかアメリカとかで展示しなけりゃ意味ねえだろ」と思うのだが、連中は逆に「そうか核兵器というのはこんなに恐ろしいのか → だったらこっちもバンバン軍備を強化せねば!」と考える。つーか、悲しいかな、世界じゃそっちが通常の思考。
昨今、「戦争の悲惨話」はウケが悪い。実際、その手の話を広めれば現実の戦争が抑止できるほど世の中甘いとは思わない。ただし、わたしは「世界から戦争をなくすとかお花畑w」と最初から冷笑的ニヒリズムを気取って思考停止するのも、単なる怠惰か大人の中二病にしか思えない。
なるほど戦争になるときは戦争になる、だから何もするなというのなら、雨が降れば濡れるのが自然なのだから傘を差すなというのか? それは文明人とは言わない。
世の平和運動家は、単純に戦争に反対するより、戦争が起きたなら起きたで犠牲を最小限にする方法、遺恨なく和平に持ち込む交渉条件を考えるべきだろう。

結局、戦争より損得勘定

いかに日本の左翼リベラル派が国内で平和運動を行なおうとも、北朝鮮はお構いなしに核ミサイルを撃つときには撃つだろう。しかしながら、本当に撃ってその後どうするかのまでのヴィジョンがあるとは思えない。アメリカは北朝鮮の全土を1日で焦土にできるが、その逆は無理だ、せいぜい西海岸の都市を5、6個潰す程度ではないか。
今や北朝鮮の後ろ盾の中国も、最大の商売相手のアメリカとの直接的な正面戦争は望まんだろう。今や中国の輸出相手国トップはアメリカで、2015年のデータによれば、その金額たるや4,095億3,800万ドル。結局、平和主義イデオロギーではなくゼニカネの論理が戦争を抑止しているというヘタレな状況、これもまた現実。
今になってこれを述べるのは後出しジャンケンも甚だしいが、7月中、稲田朋美防衛大臣をギリギリまで庇っていた安倍晋三首相は「北朝鮮のミサイル危機が迫っている状況下、国防のトップを安易に変えるわけには行かない」という擁護ができたはずだ。しかし、この手の擁護論は、自民党上層部からも防衛省からもいっさい出なかった! しかも、稲田女史が自分から辞任を申し出たら、なんと後任も決めないまま受理してしまった。
この一点をもって、少なくとも現時点では、自民党政権の中枢は「今の北朝鮮のミサイル問題は本物の危機ではない」と認識していることが読みとれる。在日米軍あるいは韓国軍から「今の北の態度はハッタリ、本当に本気ならこんな動きをする」といった情報を得ているのではないか? だから、少なくとも現時点で、すぐにでも米朝開戦だ! と大騒ぎするのも阿呆らしいとしか思えない。

戦前を美化しながら自分は戦前らしくない人

今さらついでに稲田女史の話も少々。朋美たんといえば、親の代からの生長の家の信徒で日本会議シンパでタカ派として知られてきた、方々での当人の発言を読む限り、「戦前の日本の価値観はいっさいすべて正しかった」という考え方のお人らしい。
それが、リゾート地にでも行くような服装やハイヒールやらで自衛隊の視察に来たことを叩かれて「好きな服も着られない」と嘆いたらしいが、もし戦前の帝国陸海軍の軍人の前で同じ事やってたら間違いなく袋叩きだぞ、左翼リベラル派ではなく保守愛国派から。
どうもこの人、タカ派を標榜しながらも、リスペクトしているのは「自分のなかにあるイメージとしての戦前」で、現実の軍人にはとんと敬意を持ってなかったのではないか?
もし、わたしがヒラの自衛隊員だったら、選挙では命令されなくても普通に自民党に入れるだろうとは思う。しかし、朋美たんのような女史が「防衛省自衛隊としてお願い」などと、あたかも「自分個人の見解=全自衛隊員の総意」みたいな態度を取れば、普通にムカついてるだろう。
こういう人が国防のトップになってしまったことこそ「平和ボケ」ではないのか。

「戦闘しか知らない」は「戦争を知ってる」と言えるか

先に触れたように、当方も世の平和運動には懐疑的だが、とりあえず戦争を経験した世代のお年寄りには敬意を払わないとダメだろと思っている。

桂歌丸が戦争を知らない政治家に苦言 Twitterで紹介され反響 - ライブドアニュース
http://b.hatena.ne.jp/entry/news.livedoor.com/article/detail/13441014/

昨今ではこのような、高齢者の「戦争の悲惨話」に対し、「終戦時に5〜10歳ぐらいだった世代は戦争を知らない、(戦後生まれの)俺の方こそが戦争をよく知ってる」とドヤ顔で語る人間がわいて出るのだが、そういう連中は大抵、戦争を知ってるようなツラをしながら「戦闘(あるいは戦略)しか知らない」。
女子供が体験した銃後の日常など戦争の一部に過ぎないというのなら、逆に、いかに大局的視野での大東亜戦争の意義が崇高であろうと、日本軍の兵器が当時としては優秀であろうと、一部の戦闘で日本軍が戦史に残る素晴らしい勝利を収めていても、それらもまた、戦争の一部に過ぎない。
戦場にいた兵士も一年中、24時間365日戦闘していたわけではなく、銃後にいるのと同じように、飯を喰ったり寝たり戦友と冗談を言ったり慰安所に行っていた時間がある。戦闘だけでなく日常もまた戦争の一面なのだ。
で、国民総力戦の状況下、銃後で兵隊さんの食べる米とか、軍服とか、軍艦や飛行機の部品とか弾丸とか、塹壕を掘るショベルとか作ってる人間がおらんで戦争ができるのかよ。
米軍による日本の市街地への戦略爆撃(民間人虐殺)の論拠は「日本では町工場で兵器の部品を作っている」という理屈だった。つまり、敵から見れば民間人もすべて戦争協力者扱い。だったら当然、銃後にいた女子供の経験も立派な戦争体験だ。そもそも、「戦闘」には勝っても、銃後の女子供がみんな飢え死にすれば国に未来はない。
いかに白人帝国主義からのアジア解放を掲げた大東亜戦争イデオロギーが素晴らしかったとしても、国内の庶民多数を窮乏のドン底に陥らせた時点で、大東亜戦争は失敗だったのだ。自国民も充分に喰わせられなくてアジア解放とか無理。
それこそ、旧ソ連も労働者が国家の主役となる共産主義社会とかナントカ、口先だけはご立派なイデオロギーを掲げながら、自国民を充分に喰わせられなくてそっぽを向かれ、政権が崩壊したではないか。保守を標榜する人々は、だから左翼はお花畑、自分らは現実(経済)が分かってるという顔をしていたはずではなかったか。
逆に言えば、同じ共産独裁国でも中国がしぶとく生きのびているのは、人民に政治的自由はなくとも経済的繁栄だけはもたらした結果だ。おかげで、いつまで経っても人民の多数はちっとも共産党独裁の打倒に起ち上がらない……これもまた悔しいが現実。
そもそも、保守とか愛国とか伝統が大事とか言ってる人間なら、とりあえず最低限、年長者には、年長者というだけで敬意を表するのが、日本の伝統的価値観だったと思うのだが。猪野健治の『評伝 赤尾敏』(isbn:427912017X)によれば、大日本愛国党赤尾敏は、敬老精神のない若手右翼の前で共産党野坂参三を擁護したこともある。

愛国者からはブサヨと呼ばれ、リベラル派からはウヨと呼ばれるのを希望する

以前も述べたが、右翼は意志的な属性ではなく、先天的な属性に話を持ってゆきたがる。右派とは自分が持って生まれた陣営を肯定する、自分が属する国家、民族、人種などこそすぐれているという言説は人に優越感を与える、そこに右派の「魅力」がある。優越感はお金がかからない。
わたしはたまに現在の自民党支持者やネトウヨをバカにしたようなことを書くが、すると「在日発見!」とお約束のチョン呼ばわり受ける場合があり、けっこう不快だ。こう言うと、逆に反差別の左翼から「あなたが在日呼ばわりされて怒るのは、あなたにも差別意識があるからだ」などとドヤ顔されるのだが、この手の意見も不快だ。
要するに、わたしは主張の中身で評価して欲しい(悪い評価でも良い)のに、それをすっ飛ばして民族・国籍という生まれの問題にすり替えられるから、ネトウヨの言う「在日認定」は不快なのだ。
おそらく、彼らが自分たちに敵対的な意見の持ち主をみな在日とか帰化人と見なすのは、「同じ日本人に敵はいない」と思いたがっているからであろう。しかし、わたしはむしろ自分が「日本人成人男性」だからこそネトウヨが嫌いだ。
わたしはあえて自分の属する陣営"にも"批判的な目を向けられるのが「頭が良い」ことだと思ってる。だからどこでも「自分の陣営バンザイ一辺倒」は見ていて恥ずかしい、日本国内で蔓延する「日本スゴイ」ネタは、狭か九州ん中だけで博多ん者が王様気取りしよるごつ恥ずかしかばい(逆に、東京人が外から九州をバカにするなら断固反論するけどな)。
ただし、自分の属する陣営の批判"しか"しないのはまた別の意味で病気。要は現状の問題点に対するバランス感覚なのだ。だから、いつか世界各国で左派政党が優勢になったなら、今度は節操なくこれをネタにする『世界の左翼』という本の企画をやりますよw

本邦初の怪企画『セカウヨ』

というわけで、当方の企画立案で年頭から進めていた、グループSKIT編著『世界の右翼』(isbn:4800271878)が刊行。内容は以下のような感じ。
○序章 世界の右翼とは何か
・右翼の歴史 フランス革命から現代まで
ファシズムとは右翼なのか?
・出会い系まで活用? ネットメディアと右派の関係
などなど…
○第1章 アメリカの右翼
トランプ大統領の過激な発言はすべて「ジャイアン理論」だ!
・じつは共和党っぽくない トランプが主流派に嫌われる理由
・日本の右派に人気の「テキサス親父」もアメリカではただの一般人?
・白人至上主義団体「KKK」の首領の称号は「皇帝の魔術師」
アメリカでも不良の暴走族は右翼ファッションが大好き?
などなど…
○第2章 ヨーロッパの右翼
・ヨーロッパの右派とロシアが親密なのは「敵の敵は味方」だから?
イスラム教徒だけではない 東欧系白人も差別する右派
・「国境を地雷でうめつくせ!」 ギリシャ右派の過激な主張
・フランス人の黒歴史 ナチスに協力したファシストたち
などなど…
○第3章 アジアの右翼
・中国が反日になったのは最近の話? 愛国教育で右傾化した漢民族
・中国人を敵視するモンゴル極右「ダヤル・モンゴル運動」って何?
・インドのヒンドゥー教右派はイスラム排斥を唱えるトランプの大ファン
などなど…
○第4章 日本の右翼
改憲を猛プッシュの「神道政治連盟」は日本の宗教右派
・日本の右翼に在日韓国人がいるワケ 意外に多い「マイノリティの右派」
ネット右翼は"Net right"? 日本の右派は海外でどう報道されている?
などなど…
ただし、今回は「世界の」と言いつつ、中南米やアフリカ大陸などは触れていない。1990年代までなら、たとえばコロンビア内戦では極左ゲリラと敵対する右派民兵のAUCなどが有力だったが、そのへんも今では目立たなくなってしまった。アフリカでは多くの政党や反政府が民族主義系なので、右翼としてカウントしているときりがなくなる。イスラム過激派を右翼と見なすかについても言及したが、本書では大きくは扱わなかった。

中二病の結社から怪貴族まで……大人の怪獣図鑑

本書の執筆にあたって参考文献を探そうとしたら、アメリカの右派、ヨーロッパの右派などに触れた書籍はいくつも存在するが、少なくとも2017年6月までの現在、Amazonに「世界の右翼」というタイトルの本は他にない。つまり本書は本邦初の「世界の右翼」本である。すげえぞ、これは怪挙w
思わず快挙ではなく怪挙と書いたが、実際に執筆しながら「これ、怪獣図鑑だよな」と思った側面も少なくない。アメリカ編で取り上げたKKKは、「見えざる南部帝国」を自称、幹部を「騎士」「大ドラゴン」などと呼ぶ……中二病センスかよ! ギリシャの右派政党「黄金の夜明け」なんて実在の秘密結社みたいな党名だし、英国にはイギリス・ファシスト党を結成してヒトラーを結婚式に招いたモズレー准男爵なんて怪紳士もいる。
真面目な話もすると、EU圏各国で右派が台頭するなか、スペインだけは新興の極右政党がないというのは興味深い。同国は1970年代までフランコ将軍のファシズム政権だったので、今さら極右政党が出てきても国民には「新味がない」のだ。逆に言えば、フランスの国民戦線などは、実際に政権を運営して失敗した経験がまだないから期待されているのである。
わりと実証的な記事になった項目もある、一例を挙げれば「日本でも欧米のような移民と排外主義の衝突は起きるか?」という問題。
日本でも排外主義の団体は、「移民の増加で治安も失業も悪化する」と言う。ところが、現在の日本ではブラック雇用の外国人技能実習生をカウントすれば移民労働者が100万人もいるのに、警視庁の『警察白書』の過去の版を見ていくと、日本の人口10万人あたりの刑法犯数は、2001年には2149件、06年には1605件、11年には1176件、15年には865件と一貫して減少が続き、外国人の流入とともに犯罪が増えた兆候はまったくない。
失業率も、リーマンショック直後の2009年前後を例外とすれば、21世紀に入って以降は低下を続けている。これで移民の害を訴えられても、ぴんと来ない人のほうが多いのは仕方ないのではないか。

「反体制ほど勤皇」は日本の伝統

なお、本書では日本の右派と左派の定義の軸を「戦後憲法を認めるか否か」に置いた、だから改憲政党である自民党は右派としている。本来なら日本の右派と左派の軸は天皇制を認めるか否かだが、現状では今上天皇平和憲法遵守の姿勢だからだ。無論「現状では」の話で、自民党改憲案が実現した場合、その後の時代には今の安倍政権が「中道」扱いになる。右派と左派の定義はフランス革命以来、時代状況によって変化してきた。
昨今、リベラル派が護憲主義者の天皇を錦の御旗にするのはおかしいと怒る人は少なくない。でもさ、「左翼なら反天皇じゃなきゃいけない」なんて決まりはあんの? あったとしても拘束力はあるのかw 以前にやった『「右翼」と「左翼」の謎がよくわかる本』(isbn:4569819370)でも言及したが、大日本愛国党山口二矢に暗殺された日本社会党浅沼稲次郎委員長は、じつは熱烈な天皇崇拝者だった。
日本では「反体制ほど勤皇」という事例はよくある話だ。古くは、後醍醐天皇を奉じて鎌倉幕府の打倒をはかった楠木正成、幕末期の長州藩などの尊皇攘夷志士も当時の反体制ではないか! 515事件、226事件を起こした青年将校らも同様だ。戦前にもリベラル派が「護憲運動」というものを起こしたが、これは「明治天皇が定めた憲法」を藩閥や軍の独裁を批判する論拠にしたものだった。
反体制の人間ほど、地位向上や自分の正当性を訴えるため強い権威に結びつこうとする例は少なくない。今回の『世界の右翼』の日本編では、既存の右翼団体に在日がいる理由、すなわち「街宣右翼は在日の自作自演説」の底の浅さについても言及している。アメリカでは、ユダヤ系や黒人、白人のなかではマイノリティのアイリッシュ系などの右派も、ゲイの右派もごろごろいる。

小津安二郎という偽善者

ここで少々いきなり話が飛躍するが、これも前々から強く気にかかっていたことなのでついでに述べると、わたしは小津安二郎の『東京物語』という映画がどうにも嫌いだ。なんでこんな作品が美しい日本人の姿なんて言われるのか、まったく理解できない。
ひよっこ』にも『一番美しく』にも、生きている、働いている、生身の女性が描かれる。だが、『東京物語』で原節子の演じるヒロインは、職業婦人という設定のはずなのに、ひたすら中高年男性の都合良い願望のお人形にしか見えなくて気持ち悪い。
劇中で笠智衆が演じる老父の実の子らは東京に出てきた老父にろくに構おうとしない一方、親身になって相手をしてやる原節子がさも理想的な嫁みたいに描かれる。
しかし、実の子らは現代によくいる独身中年ではない、ちゃんと自分らの仕事と家族(子供)を持っている身だ、老父のことが嫌いなわけでもなく、単に仕事が忙しくて相手ができないように描かれている。現代の基準なら充分にまともな大人ではないか。
一方、原節子の演じる「死んだ息子の嫁」は、亭主も子供もいない身軽な立場ゆえ老いた義父の相手ができている。しかも職場は簡単に休みが取れるらしい。そして、「死んだ亭主の父」に実の父以上の扱いではないかと思えるぐらい親身に接している。何だよそれ?
あまりにも男にとって都合が良すぎる、無意識の男尊女卑の臭いがプンプンする。ロコツに女性に対して抑圧的な男を描くよりよほど気持ち悪い。
――などと前々から思っていたら、昨年、かなり腑に落ちる『東京物語』評を見た。

菅野完? @noiehoie
現に、小津の映画には「食事のシーン」があれほど大量に出てくるのに、「料理のシーン」はあまり出てこない。 例えば『東京物語』。笠智衆東山千栄子夫婦が宿無しになり、嫁である原節子の家に逗留するあのクダリ。原節子は義父母を心から歓待し、酒食を提供するが、一切料理しない。
https://twitter.com/noiehoie/status/792517383554424837

菅野完? @noiehoie
あの時、原節子は、隣の部屋から酒とお猪口を借り、料理は店屋物だ。
無論それは、「戦争未亡人であり職業婦人である原節子は、客をもてなす所帯道具がない生活をしている」ことや「戦争未亡人で子供に恵まれなかった」ことなどを描写するための方法ではある。しかし、原節子、一切手を動かさないのだ
https://twitter.com/noiehoie/status/792517928356720643

菅野完? @noiehoie
つまり、小津の描いた日常とは「誰一人料理しないのに、綺麗な器に乗った料理が出てくる」日常であり、こうの史代の日常とは「灰神楽の舞う中火吹き竹で竃に息を吹きかけ汗拭き拭き作った銀シャリをがっつく」日常。この対極。
https://twitter.com/noiehoie/status/792523983782449152

まっ、小津が生きていた当時は逆に、そういう「生活感のなさ」が斬新で清潔だったのかも知れないけどね……。わたし個人は、ばりばりと汗水流して働いてうまそうにカレーを食べる『ひよっこ』劇中の乙女らの方が好きです。