電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

平和ボケと戦争オタク

この時期の風物詩というやつで、区役所に入ると、原爆投下直後の広島長崎の写真パネルを何種類も展示してる。
「これ、日本国内じゃなくて今の北朝鮮とかアメリカとかで展示しなけりゃ意味ねえだろ」と思うのだが、連中は逆に「そうか核兵器というのはこんなに恐ろしいのか → だったらこっちもバンバン軍備を強化せねば!」と考える。つーか、悲しいかな、世界じゃそっちが通常の思考。
昨今、「戦争の悲惨話」はウケが悪い。実際、その手の話を広めれば現実の戦争が抑止できるほど世の中甘いとは思わない。ただし、わたしは「世界から戦争をなくすとかお花畑w」と最初から冷笑的ニヒリズムを気取って思考停止するのも、単なる怠惰か大人の中二病にしか思えない。
なるほど戦争になるときは戦争になる、だから何もするなというのなら、雨が降れば濡れるのが自然なのだから傘を差すなというのか? それは文明人とは言わない。
世の平和運動家は、単純に戦争に反対するより、戦争が起きたなら起きたで犠牲を最小限にする方法、遺恨なく和平に持ち込む交渉条件を考えるべきだろう。

結局、戦争より損得勘定

いかに日本の左翼リベラル派が国内で平和運動を行なおうとも、北朝鮮はお構いなしに核ミサイルを撃つときには撃つだろう。しかしながら、本当に撃ってその後どうするかのまでのヴィジョンがあるとは思えない。アメリカは北朝鮮の全土を1日で焦土にできるが、その逆は無理だ、せいぜい西海岸の都市を5、6個潰す程度ではないか。
今や北朝鮮の後ろ盾の中国も、最大の商売相手のアメリカとの直接的な正面戦争は望まんだろう。今や中国の輸出相手国トップはアメリカで、2015年のデータによれば、その金額たるや4,095億3,800万ドル。結局、平和主義イデオロギーではなくゼニカネの論理が戦争を抑止しているというヘタレな状況、これもまた現実。
今になってこれを述べるのは後出しジャンケンも甚だしいが、7月中、稲田朋美防衛大臣をギリギリまで庇っていた安倍晋三首相は「北朝鮮のミサイル危機が迫っている状況下、国防のトップを安易に変えるわけには行かない」という擁護ができたはずだ。しかし、この手の擁護論は、自民党上層部からも防衛省からもいっさい出なかった! しかも、稲田女史が自分から辞任を申し出たら、なんと後任も決めないまま受理してしまった。
この一点をもって、少なくとも現時点では、自民党政権の中枢は「今の北朝鮮のミサイル問題は本物の危機ではない」と認識していることが読みとれる。在日米軍あるいは韓国軍から「今の北の態度はハッタリ、本当に本気ならこんな動きをする」といった情報を得ているのではないか? だから、少なくとも現時点で、すぐにでも米朝開戦だ! と大騒ぎするのも阿呆らしいとしか思えない。

戦前を美化しながら自分は戦前らしくない人

今さらついでに稲田女史の話も少々。朋美たんといえば、親の代からの生長の家の信徒で日本会議シンパでタカ派として知られてきた、方々での当人の発言を読む限り、「戦前の日本の価値観はいっさいすべて正しかった」という考え方のお人らしい。
それが、リゾート地にでも行くような服装やハイヒールやらで自衛隊の視察に来たことを叩かれて「好きな服も着られない」と嘆いたらしいが、もし戦前の帝国陸海軍の軍人の前で同じ事やってたら間違いなく袋叩きだぞ、左翼リベラル派ではなく保守愛国派から。
どうもこの人、タカ派を標榜しながらも、リスペクトしているのは「自分のなかにあるイメージとしての戦前」で、現実の軍人にはとんと敬意を持ってなかったのではないか?
もし、わたしがヒラの自衛隊員だったら、選挙では命令されなくても普通に自民党に入れるだろうとは思う。しかし、朋美たんのような女史が「防衛省自衛隊としてお願い」などと、あたかも「自分個人の見解=全自衛隊員の総意」みたいな態度を取れば、普通にムカついてるだろう。
こういう人が国防のトップになってしまったことこそ「平和ボケ」ではないのか。

「戦闘しか知らない」は「戦争を知ってる」と言えるか

先に触れたように、当方も世の平和運動には懐疑的だが、とりあえず戦争を経験した世代のお年寄りには敬意を払わないとダメだろと思っている。

桂歌丸が戦争を知らない政治家に苦言 Twitterで紹介され反響 - ライブドアニュース
http://b.hatena.ne.jp/entry/news.livedoor.com/article/detail/13441014/

昨今ではこのような、高齢者の「戦争の悲惨話」に対し、「終戦時に5〜10歳ぐらいだった世代は戦争を知らない、(戦後生まれの)俺の方こそが戦争をよく知ってる」とドヤ顔で語る人間がわいて出るのだが、そういう連中は大抵、戦争を知ってるようなツラをしながら「戦闘(あるいは戦略)しか知らない」。
女子供が体験した銃後の日常など戦争の一部に過ぎないというのなら、逆に、いかに大局的視野での大東亜戦争の意義が崇高であろうと、日本軍の兵器が当時としては優秀であろうと、一部の戦闘で日本軍が戦史に残る素晴らしい勝利を収めていても、それらもまた、戦争の一部に過ぎない。
戦場にいた兵士も一年中、24時間365日戦闘していたわけではなく、銃後にいるのと同じように、飯を喰ったり寝たり戦友と冗談を言ったり慰安所に行っていた時間がある。戦闘だけでなく日常もまた戦争の一面なのだ。
で、国民総力戦の状況下、銃後で兵隊さんの食べる米とか、軍服とか、軍艦や飛行機の部品とか弾丸とか、塹壕を掘るショベルとか作ってる人間がおらんで戦争ができるのかよ。
米軍による日本の市街地への戦略爆撃(民間人虐殺)の論拠は「日本では町工場で兵器の部品を作っている」という理屈だった。つまり、敵から見れば民間人もすべて戦争協力者扱い。だったら当然、銃後にいた女子供の経験も立派な戦争体験だ。そもそも、「戦闘」には勝っても、銃後の女子供がみんな飢え死にすれば国に未来はない。
いかに白人帝国主義からのアジア解放を掲げた大東亜戦争イデオロギーが素晴らしかったとしても、国内の庶民多数を窮乏のドン底に陥らせた時点で、大東亜戦争は失敗だったのだ。自国民も充分に喰わせられなくてアジア解放とか無理。
それこそ、旧ソ連も労働者が国家の主役となる共産主義社会とかナントカ、口先だけはご立派なイデオロギーを掲げながら、自国民を充分に喰わせられなくてそっぽを向かれ、政権が崩壊したではないか。保守を標榜する人々は、だから左翼はお花畑、自分らは現実(経済)が分かってるという顔をしていたはずではなかったか。
逆に言えば、同じ共産独裁国でも中国がしぶとく生きのびているのは、人民に政治的自由はなくとも経済的繁栄だけはもたらした結果だ。おかげで、いつまで経っても人民の多数はちっとも共産党独裁の打倒に起ち上がらない……これもまた悔しいが現実。
そもそも、保守とか愛国とか伝統が大事とか言ってる人間なら、とりあえず最低限、年長者には、年長者というだけで敬意を表するのが、日本の伝統的価値観だったと思うのだが。猪野健治の『評伝 赤尾敏』(isbn:427912017X)によれば、大日本愛国党赤尾敏は、敬老精神のない若手右翼の前で共産党野坂参三を擁護したこともある。