電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

【架空放談】山守義雄×パプテマス・シロッコ

山守 やあやあ、ちみがチターンズのチロッコ君かえ、よぉ来たなあ。
シロ いえ、どうも、山守先生よろしく(下品で単純そうな男だな……まあ、それだけ手玉には取りやすいか……)
山守 チロッコ君は木星帰りなんだってぇ、苦労したんじゃろぅ
シロ ええ。あの木星のプレッシャーは、重力に魂を――
山守 (聞いてない)わしも戦争中は苦労してのぉ、いや食い物もなくて大変じゃったわ、あの頃を思い返すとのぉ、ううっ、おーいおーい……(泣)
シロ (こ、こいついきなり何だ、本気で泣いてるのか?)そうでしたか。大変でしたね山守先生。で、本日はティターンズへの資金援助の件を……ああ、詳細は後日私共のところのレコア・ロンドをうかがわせますので……
山守 (ピタリと泣きやむ)チロッコ君、きみは色男だねぇ、チターンズじゃ、ほれ、モテるんじゃろ? えぇ?
シロ あ、いえ、まあ……
山守 チロッコ君! きみまさかホモかね? いやわしも刑務所じゃカッパにアンコされかけ……
シロ ああいえ、女は好きです! はい!(うわぁ何て頭の悪い台詞だ! 俺は何を言ってるんだ?)
山守 そりゃええ! ほれ(「パンパン」と手を叩く。山守馴染みのホステス登場)
女A まあ、新しい舎弟さん? 色男ねえ。
女B へえ、シロッコさんって言うのぉ、女殺しでしょう。
シロ ああ、いえ、そんなことは……
山守 チロッコ君はチターンズじゅうの女の尻さわっとるらしいぞぉ、羨ましいのぉ〜、やりたい放題じゃあ〜、ささ、飲まんかね、ほれ。
 * * *
シロ (帰宅後)○| ̄|_
サラ どうしたんですかパプテマス様。
シロ 今日、私の何かが汚されてしまったような気がする……
サラ まっ、まさかパプテマス様、処男喪失ですか? そんな!
シロ いや、そういう意味ではないが、なんというか、その……

体験者だから全部がわかるわけではない

今さらながら7/1放送の朝ナマは激烈に面白かった。
石油確保のためインドネシアに駐屯した元兵士と、そのあと残って独立のため戦った兵士、国民党軍便衣兵の恐怖にかられスパイ容疑の女子供を揚子江に縛って放り込んだ南京戦、ドイツ捕虜はホルスト・ヴェッセル歌ってたのにインターナショナルを歌ってた旧ソ連捕虜の日本兵BC級戦犯として捕らえられ帰国したら日本人でなくなってた台湾兵……
まるで相互に矛盾した証言の連発だが、それでおかしくないのである。
戦争という巨大な事象の中で、一個人が当事者と体験しえることなど、一側面の一側面でしかない。
だからああして、多様な体験をとにかく数多く並べる事に意義があるのではないか。
実際、笠原和夫脚本『大日本帝国』などは、本当にそういう映画だった。
シンガポールに侵攻して華僑兵の抵抗を受けて「わしらアングロサクソンから解放してやるために来たはずなのに」という台詞など、良い例だ。
我々は後世の視点ゆえ、全部を俯瞰的にわかってる気になってるが、次に自分が「当事者」として大局に直面する時には、たぶん全体像など把握し得ない立場だろう。
しょうもない例えになるが「ガンダム世界で、リアルに考えて、嫌な場面、立場」とかいうネタを発見して、「シャアズゴッグの爪についた敵兵の血を洗浄させられる整備兵」だの「ザクマシンガンの薬莢に当たって死ぬ一般市民」だのと書かれてて爆笑したが、いや、多分そんなもんだ。
そういや件の朝ナマ、惜しむらくは元士官と元兵卒の比率で、俄然元士官が多かった事。
士官と兵卒じゃ見える風景も違った筈。無論、兵卒だから殴られて嫌だった、というばかりでなく、貧乏な農村出身で軍隊に入ってきちんと飯が喰えた、なんて話もあったろうし。

人を個別に見るより属性で見ることが好きな人たち

少し前、タブー無視の過激な言論を売りにしていて、特に朝鮮・韓国・在日批判が売りのあるネットメディアが、在日を自称するライターをメンバーに加えたことがあった。
一見矛盾するようであるが、その意図はとりあえず二種類考えられる。
ひとつは「ホラこうして在日にも僕らを支持してる人もいますよ」ということで批判をかわすため、いまひとつは、彼らは要するに、顔のない不特定多数の、属性、群としての朝鮮・韓国・在日なら批判できるが、それが具体的な個々人として現れた時には正面切って批判できないのではないか、ということである。
あるいは「在日でも彼だけは例外だよ」ということなのかも知れないが、さてその「例外」の基準、区分は何かというと、結局「自分らの友人である」ということじゃないのか?
確かヒトラーお気に入りの料理人だかは偶然運悪くユダヤ人で、でもお気に入りだから「名誉アーリア人」にしてやったらしい。
でもよぉ、こういう例外を自分から作ってりゃ、「あいつらは劣等民族だ」とか言っても説得力激減だぜ。
つまり、悪く言えば贔屓の引き倒しである。
裏返して良く言えば、結局、属性ではなく人間性それ自体で人を評価している、ということなのだが、だったらはじめから属性で差別する意味ないじゃん、っての。

嫌な意味でタイムリーなトピックになっちまった

ちなみにこれも今さらながら、『TONE』第2号でも荻原魚雷氏が吉田満古山高麗雄の戦争体験交換について触れていたが、『戦艦大和ノ最後』の記述をめぐる論議、存外にネット上では盛り上がってるらしい。
が、中には吉田満って誰じゃ?とまったく知らず「日本兵を悪く書いてる=ブサヨク・けしからん」と短絡している人間もいると聞く。
吉田氏は一方で戦没した若い海軍士官を必死に擁護しようとしてたのになあ……
そのへんもなあ、体験当事者の発言なればこそ、単純に善悪の区分などできぬという想像力持てよコラ、とか思う。