電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

2016年最後の挨拶とか年間ベストとか

申し訳ありません、年末年始は仕事が詰まってるんで今年のベストは簡単に済ませます。
というか、本年は無駄に忙しく仕事と関係ない読書とか映画観に行ったりとかの余裕がほとんどなかったので、実際に内容も薄いです。
1.映画『シン・ゴジラ』監督:庵野秀明
2.映画『ヘイトフルエイト』監督:クエンティン・タランティーノ
3.評論『シャルリとは誰か?』エマニュエル・トッド
4.映画『この世界の片隅に』監督:片渕須直
5.ルポ『戦争中の暮しの記録 保存版』暮しの手帖編集部
6.評論『「反戦・反原発リベラル」はなぜ敗北するのか』浅羽通明
7.ルポ『インド独立の志士「朝子」』笠井亮平
8.映画『帰ってきたヒトラー』監督:デヴィッド・ヴェンド
9.映画『バットマンvsスーパーマン』監督:ザック・スナイダー
10.TVドラマ『精霊の守り人』脚本:大森寿美男
列外.『東離劍遊紀』脚本:虚淵玄

1.映画『シン・ゴジラ』

監督:庵野秀明http://www.shin-godzilla.jp/
なんか、2年ほど前に書いたこの文章(http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20140611#p2)が、結果的に本作品の予告みたいになった気分。
とりあえず、仮面ライダーとかウルトラマンみたいな長期人気シリーズが、みんな過去作品のセルフパロディ的再生産になってる状況下、過去の東宝特撮映画全部リセットして「現実に初めて怪獣が出現したら」を正面から大真面目に描くというのは考えてもみなかった。これは発想の勝利。

2.『ヘイトフルエイト』

監督:クエンティン・タランティーノhttp://gaga.ne.jp/hateful8/top/
3時間近い上映時間がまったく退屈に思えなかった快作。ラストで主要登場人物は全員ろくでもない最期を遂げるというのに、一番激しく対立していた南部出身の白人と北軍の黒人兵が仲良く一致団結して事件の元凶を拷問、というオチがもたらすブラックユーモア的な達成感は、「謎の感動」としか言いようがない。

3.『シャルリとは誰か?』

エマニュエル・トッド:著(isbn:4166610546
この人、いっけんリベラル派のようでドイツ人には口汚いところとか微妙に性格が悪いが、着眼点はあなどれない。
伝統的宗教(カトリック)が排外主義の温床ではなく、むしろ「ヨーロッパ人でもアフリカ人でも同じカトリック信徒」という国際的普遍性があり、伝統的宗教が衰退すると民族主義がその代替物となって排外主義が広まる――という指摘は鋭い。
あと、各国の文化的価値観を家族制度(相続制度)の伝統から分析した部分も奥が深い。イギリス、アメリカは兄弟間で相続が平等なので組織運営も平等主義的、ドイツや日本や韓国は長子優遇の家父長主義だから平等主義が根づきにくいとの指摘。
(そう考えると、日本では地域によっては兄弟が上から順に親元を離れる末子相続もあったのを政策的に長子相続に一本化した明治期以降の伝統って、本当に不自然で作為的)
ロシアは父の権威が強いが兄弟姉妹関係は平等(分割相続できる土地が広いからか?)という説明は、『カラマーゾフの兄弟』を念頭に置くとすごく納得できる。あと「強権の下での平等」ってソ連みたいな社会主義じゃん。

4.映画『この世界の片隅に』

監督:片渕須直http://konosekai.jp/
あまちゃん』の頃から、能年玲奈(のん)は兵庫県出身と聞いて、いずれ関西弁キャラを演じて欲しいと思っていた。広島は兵庫の2つ隣だが、劇中の広島弁の自然な上手さに舌を巻く。この人、日本全国どこの田舎娘を演じてもいけるんじゃないのか?
あと、本作を「戦争映画なのに反戦思想がないから素晴らしい」と持ちあげる人がいたようだが、根本から間違ってる。本作品は戦争映画ではない「戦時中が舞台のホームドラマ」だよ。普通にNHKの朝ドラマで通用するじゃねえか(もし山田風太郎の『戦中派不戦日記』を映像化しても、戦争映画ではなく「戦時中が舞台のホームドラマ」だろう)。
あと、画面がとにかく美しい。すずの描いた絵がそのまま風景になる場面とか、アニメでなければできん描写。原作のかなりの部分をカットしたのは尺の都合で仕方ないか。

5.ルポ『戦争中の暮しの記録 保存版』

暮しの手帖編集部(isbn:4766001036
本物の戦争経験世代が次々と亡くなる中、大東亜戦争大義だの大局視点の政治思想論ではなく、庶民の実感として戦争はどうだったという視点は急速に忘れられつつある。本書は、NHKの朝ドラマで注目が集まった花森安治の仕事の一つだが、終戦から20数年の時期に集められた「普通の人の戦争体験」の集大成だ。
東京大空襲のあと家が焼け残った人が、「なまじ家があると肩身がせまい。早く焼けてくれりゃいい」と妙な罪悪感を覚えたという話(74p)、イモばかり食ってる疎開先で白米の弁当を持ってきた児童が「制裁」されたという話(132p)、戦局が激化した時期、戦地の兵士と苦労を分かち合うため児童にはだし登校が課された(179p)という話(当然ながら、内地の小学生がはだしで登校したって敵兵は一人も死なない)などは興味深い。
要するに、直接の戦災より「みんな苦労してるのに楽をしてはいけない」という同調圧力の空気が相当に重かったことがうかがえる(一方では、空襲で焼け出された一家に周囲の人間が食料や家財を分けてやったというような「いい話」もあるけれど)、この手の「ぜいたく狩り自粛要請空気圧力」みたいなものは、2011年の東日本大震災後などをふり返ると、平成時代もあまり変わらん気がしてならない。

6.評論『「反戦・反原発リベラル」はなぜ敗北するのか』

浅羽通明:著(isbn:448006883X
本書は左翼批判というより、動員が目的化した方法論の批判、「デモなどやらなくても政治が変われば結果良し」という話。その選択肢には、ロビー活動、外国勢力を引っ張り出す、ストライキなどのほか、究極的には暴動やテロだってある。
「意見が違う人」ではなく「立場が違う人」(そもそも政治や思想に興味自体ない親兄弟や近所の人)への働きかけの放棄、同意見の人間の世間でツルむ居心地の良さへの耽溺などの問題は、今やむしろ左翼よりネトウヨにも当てはまると思ったのはわたしだけか?
世の中は「敵と味方/右翼と左翼」の2種類でできてるんじゃない、じつは「無関係の第三者」が99%なんだよ! それに訴えられるかこそが重要。
あと、「空気読めなかった(近代的自我を持ってたともいう)」(177p)という一節は大笑いした。

7.ルポ『インド独立の志士「朝子」』

笠井亮平:著(isbn:4560084955
第二次世界大戦中、日本やドイツと連携していたチャンドラ・ボースインド国民軍義勇兵の顛末。インド国民軍の婦人部隊では17歳の女の子が隊長で大尉とか、ガンダムか何かのアニメみたいな話だが、動乱期の革命軍ではこういうことが本当にある。
結局、志なかばで終戦直後に死去したボースは、枢軸国の協力者ということでインドでの評価も微妙だ。しかし、ガンジーからは「インド国民軍はヒンディーとムスリムの融和というすばらしい前例を作ってくれた」と評価されていた。独立後のインドはヒンディー教徒のインドとムスリムパキスタンに分裂し、今も対立が続いていることを思うと、なかなかにせつない話である。

8.映画『帰ってきたヒトラー』

監督:デヴィッド・ヴェンド(http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
独裁者を生むのは民衆――というよくできたお話。ラストシーンでは現代ヨーロッパの排外デモが1930年代になぞらえられるが、ふり返ってみると、2010年代ではなく1960年代でも1990年代でも社会に不満を抱く層はいて、「新しいファシズムの予兆が」と言う人はいた。この映画、トランプ大統領就任で一気に現実に追い抜かれた印象だけど、ちっとも新しくも古くもない。

9.映画『バットマンvsスーパーマン』

監督:ザック・スナイダーhttp://wwws.warnerbros.co.jp/batmanvssuperman/
アメコミヒーローへの関心は低かったが、町山智浩による原作の紹介が興味深かったので観賞。当然「ただの人間のバットマンがどうスーパーマンと戦うんだよ?」と思っていたら、ベン・アフレック演じるブルース・ウェインはあの手この手で小細工をくり返す。
異邦人の若造(スーパーマン)と、女(ワンダーウーマン)の台頭に手を焼くブルース・ウェインの姿に、「アメリカの白人中年男大変だな……」と思ったのは俺だけか?

10.TVドラマ『精霊の守り人』脚本:大森寿美男

脚本:(http://www.nhk.or.jp/moribito/
とりあえず、やっと日本で「ファンタジー物=西洋風でないといけない」の呪縛を脱して、日本人の役者が演じて違和感ない作品がメジャーな形で放送されたことに喝采。久々に松田悟志の派手なアクションが観られたのも嬉しい。

列外.『東離劍遊紀』

脚本:虚淵玄http://www.thunderboltfantasy.com/
本年、純粋に娯楽作品として接した中ではもっとも熱中した番組かも知れない。仮面ライダーの次は台湾の浄瑠璃みたいなもの(布袋劇という)に手を出すとか、虚淵の引き出しの広さは予想以上。登場人物がほぼワルしかいないのも武侠物らしい。

本年、書き落としたことなど

  • トランプ大統領実現について一言。日本は天皇がいて良かった。もう日本は永久に選挙で国家元首を選ぶ共和制にはならないで欲しい。
  • あまちゃん』劇中の「海死ね」が許されて「日本死ね」が許されない謎。「海死ね」なら日本一国で済まず全地球規模で不謹慎じゃねえか。
  • 世界にあるのは「正義」と「悪」の戦いではなく、当人の主観においては「正義」と「正義」の戦いだから困る。
  • 結局どこの国もウヨが強くなる理由。人間にとって「身内身びいき」はむずかしい政治思想イデオロギー以前の習性だから(ここで言う身内とは自民族、自国、自宗派など)。そら特殊なインテリを除いて最初から自己否定が好きな奴はいない。
  • 最近、俺がネトウヨは嫌いな理由に気づいた、俺自身が日本人成人男性だからだ。もし自分が女だったらフェミニズムに反発してる、自分が中国人だったらもっと日本に好意的かも知れない。要するに、どこでも「自分の陣営バンザイ一辺倒」が恥ずかしい。
  • 少なくともわたしは、あえて自分の属する陣営"にも"批判的な目を向けられるというのが「頭が良い」ことだと思ってる。ただし、自分の属する陣営の批判しかしないのは別の意味で病気。
  • ゴジラ平将門である。生きてる間は怖いけど死後には祀られる祟り神。
  • トランプ当選後の反トランプデモは民主主義の否定か? 民主主義は「投票で民意による決まったらどんなクソな決定も絶対に従わなければならない」ではなく「クソな決定を民意で常に更新、改善できるシステム」じゃねえの。
  • じゃあ、もし仮に正当な選挙で公明党が自民抜き単独で政権を取ったり、幸福実現党が政権取ったら何をやってもいっさい抵抗せずに従いますか?
  • 「(生活保護を受け取らずに)死んだ貧困者のみがきれいな貧困者」は、「死んだ革命戦士のみが正しい革命戦士」の連合赤軍と同じ。連合赤貧ってじつはすごく日本的。
  • 差別糾弾を相対化したがる人間は、なんで絶対に「自分が相手の立場だったらどうか?」という方向に相対主義的思考が働かないのか。自己弁護の理屈にしか相対主義を使わないのはエセ相対主義者。米国じゃ日本人も強制収容所送りになった時代があるんだぜ。
  • 負けない最良の方法はそもそも戦わないこと。被害者になるのを避ける方法のひとつは加害者にならないこと、報復を受けずに済む。

――こういう短文の走り書き、本来ならツイッター向けなんだろうけどな。

回顧と展望

本年、何やってたんだよ? と言われるかも知れないので、今年後半の仕事の一部を説明。
『日本の神様イラスト大図鑑』(isbn:4800263050)、スサノオノミコト建御名方神猿田彦熊野三神菅原道真蛭子神、などの項目を執筆。
『60分で名著快読 マキアヴェッリ君主論」』(isbn:4532197996)、マキアヴェッリが生きた15世紀のイタリア情勢、ムッソリーニマキアヴェッリの関係、18世紀のフリードリヒ大王によるマキアヴェッリ批判、などを解説。本書の仕事して改めて思ったが、ルネサンス時代はかなり「近代」で、君主と軍人もビジネスライクな契約関係。でも、まだ社会契約論がなかった、その辺で後世のフリードリヒ大王との温度差は面白い。
『「平均的日本人」がわかる138』(isbn:4569766579)、例によって統計ネタ雑学。平均年収の真相、平均貯蓄の真実、夫婦の平均プレゼント回数などに言及。
元号でたどる日本史』(isbn:4569765815)、結果的に「平成の次」に注目が集まる時期に先んじた企画。当方は「大化」から平安時代までの各元号を担当。
天皇陛下83年のあゆみ』(isbn:4800262208)、以前に昭和天皇の本の仕事をしたときと同じく、今上天皇の生物学研究や海外訪問の話について書いてます。
――当方はまだ諸々の業務が片付いてませんが、いつも書いてますように、まあ仕事のお声がかかる内が花。
それでは皆様、よいお年を。