電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

2017年最後の挨拶とか年間ベストとか

なんか毎年同じこと書いてますが、勤め人と違って年末年始も休めず(零細フリーランスなんで)、本年も仕事と関係ない読書とか映画観賞の余裕は乏しかったのですが、とりあえず本年の年間ベスト。
1.映画『キングコング 髑髏島の巨神』
2.映画『マグニフィセント・セブン
3.ノンフィクション『人民は弱し 官吏は強し』『明治・父・アメリカ』
4.エッセイ『マジメとフマジメの間』
5.TVドラマ『ひよっこ
6.ノンフィクション『明治天皇 「大帝」伝説』『明治天皇という人』
7.漫画『マッハSOS』桜多吾作
8.対談『腰抜け愛国談義』半藤一利×宮崎駿
9.対談『創造元年1968』押井守×笠井潔
10.水道橋重工 VS MegaBots
列外.呉智英 × 中田考

1.映画『キングコング 髑髏島の巨神』

監督:ジョーダン・ヴォート=ロバーツhttp://wwws.warnerbros.co.jp/kingkong/
公開前『地獄の黙示録』のような怪獣映画と聞いていたが、むしろ『シン・レッドライン』も入ってた印象、なるほど1970年代が舞台という設定なら、WW2の生き残りを登場させることができる。ほぼ完全に「1970年代の小学生」の気分で楽しめた快作。
本作のキングコングは都会へ来ないわけだが、おかげでもの悲しくならない。代わりに滅びゆく者の悲哀を背負う役回りが、サミュエル・Jの老軍人だったのだろう。

2.映画『マグニフィセント・セブン

監督:アントワーン・フークアhttp://www.bd-dvd.sonypictures.jp/magnificent7/
本作の元になった『荒野の七人』は、『七人の侍』とは違った意味で結構好きだった。メンバーがみな基本的に個人主義者で、ラストではなんと一度村人を見捨てつつも、自分の意志を貫徹するためやっぱり戦うのがアメリカらしい。
本作は村人との共闘に力を入れている点、むしろ『荒野の七人』より『七人の侍』に近い。ゲリラ戦で機関銃を持つ地上げ屋を撃退する展開は、ある意味で「ベトナム側の視点に立ったベトナム戦争映画」ではないだろうか。
7人のガンマンが白人ばかりでなく、黒人、アジア系、ネイティブ(インディアン)も入りまじっている点は、何やらサイボーグ009みたいだ。これは当世ゆえのポリティカル・コレクトネスというより、実際の当時の西部にもあった光景らしい。

3.ノンフィクション『明治・父・アメリカ』『人民は弱し 官吏は強し』

星新一:著(isbn:4101098174)(isbn:4101098166
星新一自身による、その父で星製薬の経営者だった星一の一代記。前々から内容は知っていながらずっと未読だったが、今さら読破。今年は浅羽通明の「星読ゼミナール」(https://twitter.com/asabam1)に何度か参加した影響で。
渡米時の星一野口英世の同郷(福島出身)から生じた交友、官僚の後藤新平、右翼活動家の杉山茂丸らとの人脈関係などのはほか、興味深い歴史証言も多い。
たとえば、『明治・父・アメリカ』での、19世紀末のアメリカについての印象の記述。
「公徳心のみごとさは、日本から来る者の誰をも感心させる。街の郵便ポストが一杯になると上にポストの郵便物が置かれるが、誰も郵便物を持っていかない。さらに近隣住人が自発的に郵便物が濡れないように覆いをかぶせる。公園の芝には柵もなく立ち入り禁止の立札もないが、子供さえ足を踏み入れない、勝手に花や葉を摘む者もいない。セルフサービスの食堂では、出口で食べた物を自己申告して支払うが、食べた物の内容をごまかす者はいない。」(186p)
渡米中の星一がこれらに感心しているということは、つまり当時(明治30年代)の日本人はこの程度のマナーが身についてなかったということである。
結局、星一の築いた星製薬は数々の画期的なビジネスアイディアを持つ大企業となりつつ、官僚の圧力で衰退した。恐らく、明治期から戦前には、星一と同じく現在は名前の残っていない「消えた立志伝中の英雄」が山ほどいたんだろな。

4.エッセイ『マジメとフマジメの間』

岡本喜八:著(isbn:4480428933
東宝が生んだ怪監督・喜八の単行本未収録雑文集、絶妙な歴史証言が山盛り。
たとえば、『日本のいちばん長い日』(1967年)撮影時には、本物の古いクラシックカーなら保存されているが、当時から見て「20数年前」の終戦前後の自動車の方が残ってないという裏話が(154p)。戦争末期、工兵士官候補生になったことで「タメになった事」は、疲れないシャベルの使い方、速くて正確なロープの結び方、一見担げそうにない重たい物の担ぎ方などなどだったという(310p)。
いかにも戦中派らしいのが、昭和20年1月に工兵学校に出発したときの以下の感慨。
「俺が銃やスコップを握って護るべき祖国とは、一体何だろう? 掴まえどころのない茫漠とした祖国では困る。俺の祖国は、手近で身近なものでなくては困る。ものごころついてからサンザ叩き込まれた忠君愛国とか滅私奉公といった美辞麗句だけでは、とても敵シャーマン戦車に爆弾抱えてぶつかれない。」(303p)。これが『肉弾』(1968年)のモチーフなのは言うまでない。

5.TVドラマ『ひよっこ

製作:NHKhttp://www.nhk.or.jp/hiyokko/
向島の工場が舞台の前半、洋食屋が舞台の後半とも非常に楽しく、澄子と豊子の田舎者コンビなど端役の描写もよく描かれていた。ああいう若い連中が集まってわいわいやってる感じは、男子の集団、女子の集団を問わず良いもんです。
本作品のストーリー内容や役者の演技へのほめ言葉はあふれ返っているので、当方はどうでもよい(ある意味ではぶち壊しな)ことを述べる。
本作の第一の偉業は、「団塊世代学生運動」という、ありきたりの偏見をひっくり返したことだ。劇中で主人公のみね子らはほぼ団塊世代、しかしみんな高卒、中卒で集団就職して学生運動とはまったく無関係だ。1960年代の大学進学率は20%もないんだから、学生運動と無縁の奴の方が世の中じゃ圧倒的多数なんだよ!! ネットで団塊世代と聞けばすぐ全共闘と絡めて叩く奴は何なのか?
本作の第二の偉業は、「戦後の女性の社会進出=左翼フェミニズムのせい」という、これまたありきたりの偏見をひっくり返したこと。劇中のみね子もその友人も、当時の女子はみんな単純即物的に家計のため田舎から都会に就職している。世の中じゃそっちの方が圧倒的に多数派だったんだよ。

6.ノンフィクション『明治天皇 「大帝」伝説』『明治天皇という人』

岩井忠熊:著(isbn:4385357870
松本健一:著(isbn:4620320145
本年、仕事のため読んだ本の中で印象深かった2冊。
明治天皇 「大帝」伝説』では、今日では信じられない話だが、明治のはじめには、旧武士階級はともかく庶民の間にはとんと天皇崇拝が根付いてなかったことがわかる。明治9年の東北巡幸にまつわる記述がこんな感じ。
「この地方巡幸に随行していた新聞記者岸田吟香の記録によれば、各地で貧しい身なりの民衆が目立ったばかりでなく、道すじであぜ道に足を投げだして珍しい見物でもするような者や、泥まみれの姿で昼寝しているところをたたき起こされてそのまま出迎えに加わる者、丸裸の赤子に乳を飲ませる婦人など、概して天皇に対する敬意を欠いた当時の民衆の模様も知られる。」(41p)
明治天皇という人』では、大日本帝国憲法の制定時には、当時の反政府的な民権論者よりも、むしろ復古的な保守派からこの憲法が叩かれまくったことがよくわかる。明治天皇の家庭教師だった儒学者元田永孚などからすれば、古代の律令制の復活こそ理想で、憲法の制定自体が西洋かぶれの所業なのだ。
だいたい、明治天皇といえば西洋風の軍服のイメージが強いが、そもそも明治維新尊皇攘夷という儒教思想から起きた革命で(吉田松陰儒教の一派である陽明学者)、明治天皇の基礎教養は東洋古来の儒学なのである。中国も韓国も儒教国家だからケシカランとか言ってる、ケント・ギルバートのような坊やはニワカでしかない。
わたしが執筆に関わった『明治天皇 その生涯と功績のすべて』(isbn:4800273110)では、その辺をきちんと書いのたけれど、ほとんど売れず話題にならなかった。が、東洋史の大家である小島毅先生も『儒教が支えた明治維新』で、だいたい俺と同じようなことを述べてくださっている模様。

7.漫画『マッハSOS』

桜多吾作:著(isbn:477591474X
1970年代末、秋田書店の『冒険王』に連載されてたオリジナル作品。不良上がりの少年少女を集めた航空隊を描くスカイアクション。主人公がAI搭載の核ミサイルと戦闘する最終回のラストが鮮烈で、長年古本屋で探していたが結局、復刊版を入手。
桜多といえば永井豪門下だが、いかにも当時のダイナミック・プロらしいバイオレンスが炸裂、10代のパイロットたちが自衛隊タカ派の陰謀に巻き込まれてあっさり戦死したり、極左過激派とガチの銃撃戦を行なったりする。よくこんなもんが小学生向けの雑誌に載ってたな。なかでも、人工島ほどもある超巨大空母を少年少女が占拠して独立国を名乗る「独立国ファイヤーバードアイランド」のエピソードは、まさに『沈黙の艦隊』を10年先取りしているうえに、よりスケールが大きい。

8.対談『腰抜け愛国談義』

半藤一利×宮崎駿isbn:4168122018
現在では半藤一利といえば「旧帝国陸海軍の悪口ばかり言ってる人」と思ってる者も多いようだが、その発言の背景には世代体験プラス元海軍将兵への膨大な取材がある。一方、宮崎駿のなかでは技術を偏愛するクラフトマンシップによって、「左翼」と「ミリオタ」が矛盾なくつながっている。そんな両人のクロスオーバー。
海軍軍縮条約のため余った鉄材で隅田川の鉄橋ができた(99p)、帝国海軍が親米英から親独になった真の理由はドイツ軍のハニートラップ工作(174p)、帝国海軍では聴音探知の成績優秀者をよりによって潜水艦ではなく大和などの大型艦に乗せてしまった(238p)などの証言はなかなか興味深い。

9.対談『創造元年1968』

押井守×笠井潔isbn:4861825962
昨年秋の刊行物だが、本年の頭にやっと読了。両人とも、国家も現実も身体もコケにして観念や実存をこそ信じるという、まあ見習ってはいかん全共闘オヤジの典型。とはいえ、たまーに近代の常識を相対化する鋭い発言があるからあなどれない。
「近代以前は、土地争いなどのいろいろな争いは当事者同士で決裁できました。仮に殺人事件が起きても、殺した側と殺された側で話がつけばそれでいい。もしも妥協が成立しなければ、被害者は加害者に報復できる。ところが絶対主義国家が形成されると、犯罪は被害者への犯罪ではなく、王への犯罪ということになります。加害者と被害者が直接に話をつけることは、もはや許されない。もちろん報復も。」(107p)

10.水道橋重工 VS MegaBots

https://robotstart.info/2017/10/18/kuratas-megabots-battle.html
https://www.youtube.com/watch?v=Z-ouLX8Q9UM
実写版『機動警察パトレイバー』にも登場した実在の重機風ロボの「クラタス」が、同じくアメリカのロボットオタクのマシンと殴り合う。ただそんだけのことに、太平洋を挟んでいい歳した大人同士が大真面目に取り組む過程こそが感動的なのだ。良いプロレスを見た。

列外.呉智英 × 中田考

https://togetter.com/li/1158175
11月3日に開催されたイベント。儒学天皇制を語る封建主義者とコーランを奉じるイスラム法学者という謎の組み合わせ。案の定、話が噛み合っていたかといえば微妙。そこを「100年前のトルコ帝国では日露戦争に勝った日本を尊敬する人が多かった、それで『きっと明治天皇イスラム教徒だ』と思い込む人がいた」という話でつなげた浅羽通明先生の仕切りが絶妙。