電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

それでは皆様よいお年を

炎上回避のためほかにSNSもやってない中、なんかもう年に1度の生存報告みたいになってますが、とりあえず更新。
■2019年最後の挨拶とか年間ベストとか
頭の整理も兼ねた、本年触れたもろもろの年間ベスト。
1.TVドラマ『いだてん 東京オリムピック噺』
2.小説『火星人類の逆襲』『人外魔境の秘密』
3.評伝『怪帝ナポレオン三世
4.エッセイ『二階の住人とその時代』
5.小説『室町少年倶楽部』『室町お伽草紙
6.エッセイ『歴史としての戦後史学』
7.TVドラマ『ゲゲゲの女房』(再放送)
8.映画『i 新聞記者ドキュメント』
9.映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』
10.国立科学博物館「恐竜博2019 THE DINOSAUR EXPO」
列外.映画『仮面ライダージオウ Over Quartzer』
■1.『いだてん 東京オリムピック噺』
脚本:宮藤官九郎https://www.nhk.or.jp/idaten/r/
本作を誉めたい点は山ほどあるが、最後までクドカンがクトカンであることを曲げず、それを許すスタッフと製作体制が守られたことに拍手したい。
現代劇、知名度の低い人物、劇中での妙なツッコミ、多数の敗者が中心で英雄不在のドラマ……そら人気でないのも当然だよ。でも、それをわかって「大河ドラマはかくあるべし」に寄せなかった度量を買いたい。
クドカンは一貫して、ぱっとしない側の人間の心情や、格好悪い男の嫉妬や気まずさをごかまさず、それでいて笑える雰囲気に描いてきた。本作はそのテイストが、世界大戦、関東大震災、昭和のファシズム大東亜戦争……といった重たいテーマを、教科書的でなく等身大の実感あるものにしてくれている。
考えてみれば、戦国時代や幕末が舞台の王道的大河ドラマは、たいてい最後に主人公が悲惨な死に方をするが、本作はかなり平和で健全な終わり方ではないか。
序盤から主役のはずの金栗四三のほか、役所広司嘉納治五郎といい、森山未来美濃部孝蔵(ヤング古今亭志ん生)といい、生田斗真三島弥彦といい、キャラが立つ人物が多すぎて話がブレたのも贅沢な悩みと言うべきか。
あと「真夏にマラソンをやると死ぬ」という啓蒙は重要、超重要。おい小池百合子森喜朗! 『いだてん』ちゃんと観てたか?
ちなみに、『鎌倉幕府のビッグ・ウェンズデー』久保田二郎(角川文庫;https://www.amazon.co.jp/dp/4041622042)によると、1912年の日本の五輪予選では、無名の人力車夫が金栗四三に勝ったが代表選手になれなかったという。峯田和伸の演じた車夫の「清さん」こそ消えたヒーローだったのか?
■2.小説『火星人類の逆襲』『人外魔境の秘密』
横田順彌:著(https://www.amazon.co.jp/dp/410142103X/
上記『いだてん』にも登場する押川春浪東宝特撮映画『海底軍艦』の原作者)のほか、格闘家の前田光世など明治末の実在人物が多数活躍する幻の怪作。
絶版で一時期は数千円の根がついていた物を、副業で古本屋の店番を始めた浅羽通明氏(https://twitter.com/asabam1)から格安で入手。
このシリーズ、読んでると1960年代東宝特撮映画のビジュアルしか思い浮かばない。『火星人類』は、劇中の「火星人類が女性を手籠めに」という流言が、すごく本当にありそうで笑う。後半、火星人に攻められた日本の危機に乗じて、ロシア、続いて米国やドイツまで日本に派兵の危機という展開がいかにも当時らしい。
『人外魔境』は、恐龍と軍隊のバトルよりも、原始人類に野球を教え込む話を大真面目に徹底した方が面白かったのではないか。
■3.評伝『怪帝ナポレオン三世
鹿島茂:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4062920174/
仕事のため初めて全編通読。ルイ・ナポレオンが、イタリアの革命組織カルボナリ党澁澤龍彦の『秘密結社の手帖』にも記載)と交友があったとか、ウージェニー皇后の家庭教師を務めていたのは元軍人で作家のスタンダールと、その親友のメリメだったとか、意外な話が山積み。それにしても、皇帝一族なのに古典教養がなく、「上からの社会主義」を実行した三世は早すぎた近代人だったのだな。
■4.エッセイ『二階の住人とその時代』
大塚英志:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4061385844/
1970年代後半~1990年代初頭までの徳間書店と月刊『アニメージュ』をめぐる歴史証言。大塚の筆致は「古典教養のある先人に比べれば自分は二流のおたく」というコンプレックスがうざいが、それゆえの面白さといえる。
オタク文化を育成した徳間書店のルーツであるアサヒ芸能が、花田清輝野間宏安部公房加藤周一らが参加していた真善美社につながるという話、東映動画などの初期のアニメ関係者が影響を受けた映像理論のルーツが、イタリア未来派やロシア未来派など戦前のモダニズム前衛芸術にあるという話は興味深い。
そもそも漫画・劇画は映画監督エイゼンシュテインモンタージュ理論の応用で描かれている、メディアミックスという言葉を使うと見えなくなる本質だろう。
■5.小説『室町少年倶楽部』『室町お伽草紙
山田風太郎:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4167183153/
「室町もの」は未読だったが、本年は仕事(後述)のため南北朝の争乱とかについて調べたので、手を出してみた。
『室町少年倶楽部』は、純朴な少年だった足利義政細川勝元らが無為無策で意図せず非運の結末(応仁の乱)に至る話。まさに「締まりのないギリシア悲劇」。しかし、いわゆる「名将」は戦乱で町を焼き払うのみで、政治に興味のない鈍物・足利義政の築いた東山の庭園は残った。義政はいわば、室町のルートヴィヒ二世か。
『室町お伽草紙』は、10代のころの織田信長が、同じく青年期の上杉謙信武田信玄と3人で美少女を奪い合う話。こう聞くと、思わず「ラノベかよ!?」と突っ込みたくなるが、最高のラノベである。桶狭間の戦いならぬ「桶屋形の戦い」、大坂夏の陣ならぬ「大坂秋の陣」、清洲同盟ならぬ「三角州同盟」など、遊び心に溢れるおふざけ満載。
■6.エッセイ『歴史としての戦後史学』
網野善彦:著(https://www.amazon.co.jp/dp/4044003998/
昨年購入したのをやっと読了。「支配者交代の歴史」ではなく「民衆の歴史」が学問として確立される過程の証言。
若い頃の網野善彦は、渋沢敬三を中心とする日本常民文化研究所で働いていたせいで、昔の左翼仲間から「アメリカ帝国主義のスパイ」と呼ばれたという。しかし、網野は「紛れもない資本家」出身ながら文化事業に協力を惜しまなかった渋沢を絶賛する。というか、日本はほかに文化事業に協力的な金持ちが少なすぎる。
日本常民文化研究所が1950年代に各地の漁村から膨大な量の古文書を集めたものの、コピー機もスキャナもない時代ゆえ筆写の手間が追いつかず、整理できないまま死蔵され、半世紀近くを経て返還しているが、元の持ち主が不明だったり死去して返せない物が大量、という話がせつない。でも、そんな作業をやりながら『無縁・公界・楽』とか『異形の王権』とか書いてたんだから凄い。
■7.TVドラマ『ゲゲゲの女房』(再放送)
武良布枝:著(https://www6.nhk.or.jp/drama/pastprog/detail.html?i=asadora82
水木しげる(隻腕のラバウル帰り)の自伝は中学生の頃に読んで熱中したが、振り回される家族の視点で見るとまた一興。ゲゲゲの鬼太郎以前のド貧乏な貸本漫画家時代に全話の3分の2を費やし、重要な戦争体験の話をわざわざ後半に持ってきた構成がニクい。
■8.映画『i 新聞記者ドキュメント』
監督:森達也https://i-shimbunkisha.jp/
原一男の『ゆきゆきて、神軍』など、すぐれたドキュメンタリー映画は、気まずい雰囲気を正面から撮っているのが醍醐味。本作もその例に漏れず。政治家は現場を見ず、現場を見てきたジャーナリストは口調が鋭く、ただ平行線が続く。でも、森監督はあの外見のせいでみずから警察とのトラブルを招いてる気も……。
どうでもいいが、どの記者会見でも常に菅義偉官房長官のネクタイがホンの少し曲がっているのが気になって仕方ない。
■9.映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』
監督:マイケル・ドハティ(https://godzilla-movie.jp/
日本のSF特撮と異なり、多くの場面で瓦礫や煙や火焔が舞ってるため画面の視界が悪いのが、いかにも災害物映画っぽい。古代の神話になぞらえたかのように、怪獣がタイタン(巨神)と呼ばれるのがニクいね。芹沢博士ならあの死に方は本望であろう。あと雌という設定のモスラは、劇中で発音が「マァザァ」と聞こえる。
それにしても、1990年代以降の東宝怪獣オールスター物で、かつては単独で映画の主役を張って福岡市を破壊したラドンが、毎回モスラに比して小物扱いなのは九州の炭鉱街に住んでた者として哀しいなあ。
■10.「恐竜博2019 THE DINOSAUR EXPO」
国立科学博物館https://www.kahaku.go.jp/
鳥類のように子育てする恐竜の再現図、恐竜から進化した爬虫人類の想像図の立像などが見もの。超リアルな日本在来恐竜のCG映画に、頭はワニで体はサメみたいな魚竜がいたのを観て、長年の謎が解けた。『日本書紀』に出てくる「因幡の白兎」のお話で兎に騙されたのはワニなのかサメなのか本によって記述があいまいだが、あれはきっと魚竜だったんだ!(←違うわ阿呆)
■列外:映画『仮面ライダージオウ Over Quartzer』
監督:田﨑竜太(http://zi-o-ryusoul.com/zi-o/index.html
この映画の珍作・怪作ぶりはこちらで詳しく述べられてる。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.mu/rangatarou/n/n6541adc4c855
東映は何を勝手に、「仮面ライダー」というコンテンツに平成という時代のすべてを代表させとるのだ(平成ゴジラも、平成ガメラも、平成ウルトラもあるぞ)
平成ライダーは『ディケイド』の劇場版あたりから過去作品を利用してシリーズ自体を自嘲的に批評するような、メタ的な表現が濃厚になってきたわけだが、「しょせん幼児にオモチャを売るための番組だろ」という枠組みを逆手にとったかのように、劇中で仮面ライダーと呼ばれるヒーローキャラさえ出てくれば何をやってもOKと言わんばかりの自由度が炸裂。
バブル世代のおっさんである仮面ノリダーの木梨が、若い主人公に対し、自分は存在自体がパロディだが今を生きているお前は本物だと説くという痛烈な図式。
本作の悪役は、平成という時代そのものをリセットして美しく整え直すことを説くが、うがった見方をすれば、これこそ「歴史修正主義」ともいえる。
■本年、書き落としたことなど
●バブル時代に「コミュ力」という言葉がなかったのは当然。直に人に接する仕事のほうが普通だったから。わざわざ対人直接コミュ力が意識されるようになったのは、ネットの普及で人と直に接しなくてもできる作業が増えた結果。
●そもそも、女性を採用する企業が存在しなければ女性の社会進出はありえないわけだが、世の会社の経営者の圧倒的大多数は中高年男性である。女性の求人募集をしている会社の経営者は一人残らずみんな左翼フェミニストなのか???
●右も左も納得
「歴史上、そのときの多数派が間違っていることだって多々ある」
「例を挙げよ」
「みんな大本営の言うことを信じたけど大東亜戦争は敗北した」
「ほかには」
民主党が政権を獲ったとか」
●いずれ安倍政権が終了すれば間違いなく株価は下がる。すると必ず「左翼リベラル派のせいで株価が下がった」と言う奴が出てくる。だが、べつに左翼リベラル派に株価を左右する権限や能力などない。株価が下がるのは投資家が積極的に株を買わなくなるから。つまり安倍政権が終わるや株を買わなくなる投資家こそ反日
●こんな文豪ストレイドッグスの新キャラもいやだ
(旧版:https://gaikichi.hatenablog.com/entry/20160515/p2
安部公房:異能力「箱男」 段ボールをかぶると誰からも無視される(認識迷彩)
小松左京:異能力「アパッチ」 全身が鉄になる
稲垣足穂:異能力「A感覚」 尻が痛くなる
村上龍:異能力「昭和歌謡大全集」 燃料気化爆弾で全員抹殺
有吉佐和子:異能力「恍惚の人」 ボケる
ベンヤミン:異能力「複製芸術」 分身の術
オーウェル:異能力「動物農場」 豚にこき使われる
アシモフ:異能力「三原則」 AIやドローンを支配する
ディック:異能力「追憶売ります」 人の記憶を書き換える
マーク・トゥエイン:異能力「王子と乞食」 人のIDを入れ換える
フローベール:異能力「紋切り型事典」 どっかで聞いたような言葉しか言えなくなる
■回顧と展望
で、例によって本年やった仕事の一部を記載。
『30の都市からよむ世界史』(https://www.amazon.co.jp/dp/453219962X/
FGOにも出てくるバビロンを筆頭に、聖地エルサレル、アラビアンナイトの都バクダード、アレクサンドロス大王玄奘三蔵も訪れたサマルカンド、『罪と罰』の舞台サンクトペテルブルクヒトラースターリンも住んだウィーンなどを担当。
超訳 戦乱図鑑』(https://www.amazon.co.jp/dp/4761274174/
6世紀の「磐井の乱」から、江戸時代の「大坂夏の陣」まで約1000年の日本の主要な内乱、戦争をまるっと解説。ツッコミ部分はほぼ当方のセンスですが、監修の山本博文先生のおかげで、昭和期の教科書にはなかった最新の学説が反映されてます。
『武器で読み解く日本史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4569769489/
終盤の小銃、軍艦、航空機、戦略兵器などの項目を担当。247pで九七式戦車のキャプションに三式中戦車のイラストが入ってしまったのは痛恨のミス。
『図解 古事記日本書紀』(https://www.amazon.co.jp/dp/4054066941/
同じお話でも古事記日本書紀でどう違うのか、ギリシア神話北欧神話など海外の神話・伝承でよく似た話との対比とか、けっこう細かく突っ込んでます。
『国境で読み解く日本史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4334787673
後半の近代編以降を担当。樺太千島交換条約でロシアが損した点、小笠原諸島の先住民がたどった数奇な運命、満州国建国の前に幻に消えた「大高麗国」の構想、終戦時の連合軍による幻の日本分割計画、1週間だけ自称独立国だった八重山諸島、などの意外エピソードをいろいろ書いてます。
あと、3年前に手がけた『元号でたどる日本史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4569765815)が「改元景気」で9回も増刷がかかったのはご愛嬌。
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平成が終わった本年、高校を卒業して働き出してから30年、そのうち原稿料収入だけで生活してる期間が半分になりました。
令和も死なない程度に生きたいです。
それでは皆様、よいお年を。