電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

ヨーロッパという鏡からアジアをふり返るために

PHP文庫『日本人が知らないヨーロッパ46ヵ国の国民性』(isbn:4569760325)が刊行。
当方は今回、導入部の「ヨーロッパのなりたち」、「東ヨーロッパ」、「北ヨーロッパ」、「南ヨーロッパ」を担当(つまり「西ヨーロッパ」の章以外の全部。一時は全部わたしが書くことになりかけたが、一国の紹介が6〜10ページ分もあるから無理だった)。
日本人が断片的に知るヨーロッパ人のイメージからすれば意外な話は数多い。
フランス人は滅多に現金を持ち歩かず、ビール一杯でもカードで払う。スリが多いのに加え、所持金を人に見られるのがイヤだかららしい。
多くのイタリア人は自分を「イタリア人」と思ってない。地方意識がやたら強く、それぞれ「ジェノバ人」とか「トスカーナ人」と思っている。昔の日本人が「尾張の人」や「薩摩の人」だったのと同じだ。
ルーマニアといえば吸血鬼ドラキュラを思い出す人は多いが、当のルーマニア人はこの話をされるとひどく嫌がる。「日本と言えば『サムライ ハラキリ ゲイシャ』」と同じ。
バルト三国といえば旧ソ連崩壊の前後には三国ワンセットで語られたが、北のエストニアは北欧に仲間意識を持ち、南のリトアニアカトリック国なので西欧に仲間意識を持ち、間に挟まれたラトビアは「俺ら三国で仲間じゃなかったのか?」とぼやく立場だとか。
……全編こんな感じの与太話が満載。

個人主義が育つ国と育たない国

今回いろいろ調べて痛感したのは、同じヨーロッパ内でも、個人主義の進んだ国と、アジアと同様、まだまだ地縁・血縁などの束縛が強い国のばらつきがかなりあることだ。この背景には、気候風土と宗教習慣の違いが少なからず関係している。
スウェーデンノルウェーなどの北欧諸国は、人口はまばらで冬は雪に閉ざされ、農作業などの日常生活で隣人の助けはあてにできないから、必然的に「なんでも自力で緻密にやる」というライフスタイルが必要になった。
異常なまでに個人主義が進んだスウェーデンでは、なんと学生のパーティでも飲み物は各自が自分の分のみを持ち寄り、先輩が皆にオゴることは滅多にないという。
一方、温暖で日照時間の長いイタリアやクロアチアはわりとルーズだ。加えて、南欧に多いカトリック国では、地元の教会を中心とした地域共同体が何百年も続いてきたので、離婚や同性愛はNG、男が外で働いて女は子育てすべし、という保守的な家族道徳が根強い。
この点、北ドイツやオランダや北欧で広まったプロテスタントは「信仰は教会に従うことではなく神と個人の関係」という考え方だから、必然的に個人主義が進んだ。
保守的なカトリックの影響が弱いフランスやデンマークでは、女性の社会進出やシングルマザーへの支援を大胆に進めることで、少子化問題が大幅に改善された(追記:正確にはフランスではカトリックの神前で誓う結婚観に抵触しない「事実婚」が普及した結果)。
だが、カトリック信仰が根強いイタリアやスペインでは、年長世代は保守的な家族道徳を信奉しているので、都市化と単身化の進行する現実への対応が遅れ、少子高齢化は深刻だ。
儒教文化圏の日本、台湾、韓国なども、男尊女卑や地縁・血縁に立脚した古い家族道徳を重んじていたが、それがこぞって少子高齢化に陥っているのと似ている。皮肉な話だ。

隣国と仲が悪いのは日本だけではない

さて、現在でこそ、日本人が意識する「外国」といえば、悪い意味でも良い意味でも中国や韓国など近隣アジア諸国が中心だろう。白人先進国ばかりが世界経済の主役だった1980年代当時に比べ、ヨーロッパは日本人の関心からは遠くなっているのではないか。
しかし、だからこそ本書では「ヨーロッパ各国同士の関係」と「日本と近隣国の関係」を重ねて考える視点を裏テーマとして意識した。
以前も述べたが、日本と中国・韓国の間にイザコザが絶えないのと同じく、欧州でも近隣国同士は昔から対立が絶えない。
イギリスとアイルランドの紛争、2度の世界大戦でのフランスとドイツの衝突は言うにおよばない。ウクライナ人は旧ソ連時代のロシア人支配の恨みを今も忘れていない。
ハンガリー人は、ビールを飲むことはあってもビールで乾杯はしないという。理由は、19世紀にオーストリア帝国ハンガリー独立派を弾圧したとき、オーストリア軍の将校がビールで乾杯しながら独立派を処刑したからだそうだ。
多くのヨーロッパ諸国は陸続きの隣国同士だから、この手の歴史的な遺恨は山ほどある。日本と中国・韓国は間に海がある分まだかなりマシではないか? とさえ思える。
はたまた、セルビア人とクロアチア人は、お互いに大発明家ニコラ・テスラは自国の出身だと言い張って偉人の取り合いをする。逆にオーストリア人は「ヒトラーオーストリア人じゃないよ、ドイツ人だよ」と言い張る。
果たして安易に彼らを笑うことができるか? なんだか「○○はうちの国が起源」論争や、日本での「在日認定」みたいじゃないか。
裏を返せば、日本と近隣国の相互憎悪もヨーロッパ人からは遠い他人事だ。2011年に起きたノルウェー連続テロ事件の犯人は「移民にきびしい国」として日本と韓国を一緒くたに賞賛してくれていた。

べつに日本が世界の中心ではない

世の中にはとかく、外国を「親日」と「反日」に分けたがる人がいる。しかし、日本に好意的な国だって、理由はその国の事情によってまったく異なる。日本人が好いて欲しいと思ってる部分とは、ぜんぜん違う部分で評価されることもある。
たとえば、セルビア人はわりと日本人に好意的だ。理由は、日本は1990年代のコソボ紛争のときセルビアを爆撃したNATOに加わっておらず、かつてセルビアが憎むアメリカと果敢に戦争したから。つまり、日本は西側欧米追従じゃないと思ってるためだ。
一方、そのセルビアと旧ユーゴ内戦で敵対したクロアチアもわりと親日家が多い。理由は、第二次世界大戦中、クロアチアセルビア人の支配を脱するためドイツ・イタリアと同じ枢軸国に入り、日本も同じ「ファシズム仲間」だったと思ってるから。
……どちらも、日本が好かれる理由としてはビミョーに思う人もいるだろう。
はたまた、フィンランドではある日本製品が熱烈に愛されている。トヨタの日本車? ジブリのアニメ? NO、NO、答えは「カラオケ」だ。フィンランド人は昔から口数が少ないが、歌うのだけは大好きだからだ……わたしも本書執筆のため調べるまで知らなかった。
しかし逆に言えば、わたしたちは「○○国は親日」とか言いながら、その国のことを"日本と関連しない部分で"(←ここが重要だ!)どれだけ本当に理解してるだろうか?