電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

みんな勘違いしている少子化の原因

このブログで時期外れの話題を取りあげるのはいつもの話だが、「保育園落ちた日本死ね!!!」問題はいまだに尾を引いているらしく、4月に入っても山田宏議員の「親の責任だ」発言が炎上ネタになっている。

少子化の真の原因は「家業」でなくなったから

しかしそもそも根本の問題として、なぜ少子化が進行し、なぜ保育園が必要なのか?
女性が子供が産まなくなり、産んでも保育園に預ける必要が生じた理由を問われれば、多くの人は「世の中の価値観が変化したからだ」と答えるだろう。ここまでは中学生でも想像できるレベルの話だ。では、なぜ世の中の価値観が変化したのか?
ここで「悪い左翼フェミニズムが女性の社会進出を唱えたり、日本国憲法が家族の絆より個人主義を広めたせいだ」としか答えられない人間は、永久に事態を解決できない。
左翼フェミニズムなんざ明治時代の平塚らいてうの時代からあるわい! じゃあなんで明治時代から昭和40年代まで少子化が起きなかったのか? 戦後、日本国憲法を採用していない日本以外のヨーロッパ先進国&台湾、韓国、シンガポール他アジア新興国でも少子化が進行したのか? 説明してみろや。
(なお、ここ十数年の日本では若者の貧困が少子化の原因の筆頭に挙げられるが、少子化はすでに1980年代から進行している。合計特殊出生率が戦後最低値を更新した「1.57ショック」は、バブル経済絶頂期の1989年だ!!)
少子化の真の原因は産業構造の変化である。
第三次産業従事者の増加と反比例して少子化は進行してきた。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5240.html
http://osan-kojo.com/osan/image/osannodata02_01.gif
昭和30年代までの日本の大多数の世帯は、農業・漁業ないし個人商店などの「家業」従事者であり、自宅やすぐ側にある農地がそのまま仕事場となる職住一体の環境で生活していた。そして、農家や個人商店では、一家のお母さんも育児だけにかまけず働くことが珍しくなかった。「専業主婦は日本の伝統」なんて大ウソである!!
ただし、家業の時代、働くお母さんに"出勤"の必要はなかった。農家には定時の出勤時間も決まった昼休み時間もないから、仕事の合間を見て家事や育児は可能だった。個人商店だって店番をしながら合間を見て家事はできる。
わたしの旧友(お子さんのいる女性)の祖母は、「昔の農家じゃ籠に赤ちゃん入れて畑に連れて行って、横に置いたまま仕事してたものさ」と語っていたという。
また、かような職住一体の家業環境は代々継がれてきたものだから、祖父母がいる3世代同居が普通に成立していて、家事や育児を祖父母に助けてもらうこともできた。
それが崩れたのは、1960年代に日本が高度経済成長を迎え、サラリーマン世帯化が進行して以降だ。多くの勤労者は都会の会社に勤務するため都会の通勤圏にある新たな住宅に住むようになったことで、職住分離が起きる。しかし、祖父母の世代は住み慣れた田舎に残りたがるものだから、結果的に核家族化が進行した。
それでもバブル時代までは亭主の稼ぎだけで子供が養えたが、社会の高学歴化とともに学費を含めた子供の養育費は高騰し、今や共働きが必要な事態となっている。

左翼フェミニズムには功も罪もない

「女性の社会進出が諸悪の根源」という保守論客の言説がおかしいのは、先にも触れたとおり、そもそも昭和30年代以前には農家や個人商店のお母さんだってみんな働いていた点をきれいさっぱり捨象している点である。
逆に言えば「女性もばりばりと学歴をつけて仕事キャリアを積むべき」という左翼フェミニズムは、日本においては社会に害毒を与えるほどの存在にすらなっていないと断言して良い。
女性叩きがお好きな保守主義者は「今の若い女個人主義で贅沢で結婚して子供を産まないからケシカラン」と言いたがる。だが、これを左翼フェミニズムのせいにするのは無理がある。
ためしに渋谷か原宿の路上で「結婚相手は年収が最低でもXXX万円以上」とか言ってるギャル1000人に「上野千鶴子を愛読してますか?」と聞いてみろ? 1人残らず上野の名前さえ知らんぞ! 1万円ぐらい賭けてもいいw
「今の若い女個人主義で贅沢で結婚して子供を産まなくなった」のは、左翼フェミニズムのせいではない! 日本が豊かになった結果、みんなが贅沢の味を知ったからだ。そして、それを招いたのは戦後自民党の推し進めた高度経済成長政策である。アフリカの最貧国ならばいまでも子だくさんではないか。
くり返すが、左翼フェミニズムなど平塚らいてうの時代から存在した。しかし、イデオロギーだけがあっても、それを実現できる社会環境がなければ空理空論なのだ。高学歴女性の社会進出が本格的に実現したのはやっと1980年代の話である。
むしろ、日本において女性の社会進出を説く左翼フェミニズムは、自民党が成し遂げた高度経済成長による産業構造の変化に後づけで乗ったに過ぎない。
「社会が豊かになれば教育が普及し、教育が普及すれば個人主義が進み、少子化が起きる」これは日本に限らずあらゆる国に見られる現象だ。実際、エマニュエル・トッドは、2011年のアラブの春以前から、中東、北アフリカ諸国で識字率の向上とともに少子化が進展していた事実に着目していた。

精神論で少子化対策を説く愚

それでも、少子化は「日本国憲法が家族の絆より個人主義を広めたせいだ」と信じたがっている老害は、憲法を改正すれば事態が改善すると思っている。阿呆か。
じゃあ子だくさんが普通だった戦前の農村の人間は、一人残らず大日本帝国憲法の条文を意識しながら生活してたというのか?
前にも書いたが、小学校卒が大多数だった明治から戦前の日本の庶民が憲法の条文を頭にたたき込んで生きていたなどありえんだろwww
仮に戦前の方が道徳的だったとしても、それは憲法の条文なんて国の中央が定めた大上段なものによってではなく、農村社会での地縁や血縁の共同体による信頼関係や相互監視などに支えられていたはずだ。そして、こうした農村社会の共同体を、ずばり自民党による戦後の高度経済成長による産業構造の変化が解体したのである。
そこで精神論だけ昔の物を再び持ち出したって、通用するわけがない。
日本以外で少子化が深刻な国と言えば、同じく儒教文化圏の台湾、韓国、シンガポール、そしてカトリック圏のイタリアやスペインである。いずれも共通するのは、産業構造は変化したのに大家族を良しとする伝統価値観だけ存続している点だ。
一方、先進国でも早い段階で社会の価値観が脱宗教化(世俗化)を果たし、個人主義が進んだフランス、オランダ、デンマークなどは、シングルマザー支援、共働き支援など産業構造の変化に対応した政策が功を奏して出生率の回復に成功している。
少子化は価値観の変化の問題だから精神論で解決できるなどと考えるのは愚の極みだ。それでも精神論を唱えるバカが絶えないのは精神論にはお金がかからないからだろう。