電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

(2)1980年代の「軽薄短小」若者文化とオタク

1980年代に入ると、実際に「おたく」という語句と「いい歳して漫画やアニメやゲームのマニア」というスタイルが生まれる。
その頃にはSFや漫画のマニアも大衆化している。当時は「軽薄短小」の時代と言われた。オタクも基本は享楽文化であるから、とくに思想性はない。
ただし、当時はまだ、漫画やアニメやゲームなどのオタク分野も含め、映画や演劇、ロックなどのサブカルチャー自体がまだ文化的マイノリティの側で、政治的な左翼ではないものの、一種の「反権威」意識のようなものがあった。
同人作家出身の当時の漫画批評家・富沢雅彦(浅羽通明『天使の王国』に詳しく書かれてる)の文章などには、そうした「反メジャー文化」志向が漂っている。
また、マイナーな文科系趣味であるSFや漫画・アニメのマニアサークルが充実しているような学校は、たいてい一定以上の偏差値の高校・大学だった。
当時の高偏差大学の文科系サークルというのは、まだサークル棟で左翼セクトの息が掛かったような市民運動系サークルと肩を並べることが多かった筈だ。
また、初期に同人誌を出そうとしていた者がノウハウを学ぼうとすると、これも左翼市民運動系が多いミニコミ文化と隣接することになる。
(もっとも、左翼系サークルと接していても影響を受けるより、むしろ反発が募る場合も多かったろうけれど……)
1982年に設立された漫画出版社ふゅーじょんぷろだくとは、腐女子向けBL二次創作アンソロジーを主力商品としてきたが、1980〜90年代に漫画評論誌『COMIC BOX』を刊行していた(今もあるのか不明)。この『COMIC BOX』は、漫画評論誌なのにエコロジーやら湾岸戦争反戦の特集をやるような不思議な雑誌だった。ミニコミ的な所からスタートしたマイナー漫画編集と、左翼市民運動の空気が結びついていた一例である。
漫画やアニメやゲームなどのオタク分野も含め、文学や映画や演劇やロックなどのサブカルチャーに耽溺する者の多くは、もっぱら都会的な個人主義者だ。これを単純に左翼とは言わないが、どちらかと言えば、近代的戦後的価値観の方だろう。
一方、体育会系や不良は、昔ながらの地縁、血縁、先輩後輩関係や義理人情を重視する。本来の右翼的価値観に相性が良いのはそっちだった。当時、オタク文化を含め、享楽的な若者文化と右翼的心情は相性が良くなかったのだ。
正確なタイトルを失念してしまったが、確か1989年に宮崎勤が逮捕された直後頃、月刊『OUT』にみんだ☆なお(眠田直)が寄稿した短編のマンガで、右翼団体がオタク弾圧をはかり、オタク集団の戦隊ヒーローが迎撃するという内容の作品があったはずだ。

1980年代冷戦と若者文化

小林よしのりが1982年当時「週刊ヤングジャンプ」に連載していた『マル誅天罰研究会』では、泡沫サークルに属する主人公たちを、悪役である体育会系の右派学生が弾圧する。その黒幕ボスは「徴兵制復活をたくらむ学長」だ。
別に当時の小林よしのりは左翼で、後に転向したわけではない。小林よしのりは厳格な寺の子として生まれながらギャグマンガ家になった、それを恥じる意識ゆえか、昔から軽薄な世相に冷や水をかける作品ばかり描いてる。当時は時代状況から「軽薄な世相に溺れてると、軍国主義の復古的な大人に足元すくわれるぞ」という論調だっただけだ。
これは小林よしのり一人に限らない。1980年代当時は「管理社会」「管理教育」ということがやたらに言われた。まさに1984年から1988年に「週刊モーニング」に連載されてた江川達也の『BE FREE』を読み返すと、その時代の雰囲気がわかる。この作品でも悪役は「校則・体罰で生徒を束縛するファシスト教師」だった。
1980年代当時の若者文化が敵視した「管理社会」「管理教育」イメージは、深い部分では冷戦体制と関係している。当時は本気で米ソ核戦争の危機が煽られてた。
1985年のOVAアニメ『メガゾーン23』は、1980年代当時を模した宇宙都市内に戦争の危機が迫り、主人公たちの憧れのアイドル歌手が軍服を着て徴兵動員のプロパガンダ映像に出演する場面が皮肉っぽく描かれる。
当時はこのように「軍国主義復活の恐怖」を煽る作品は結構多かった。
とはいえ、一方で説教臭い反戦メッセージを嫌うオタクもまた結構いた。
確か当時のゆうきまさみの短編作品には、過激な反戦運動家のため、ガンダムマクロスのような派手な戦闘シーンのあるアニメが弾圧され、マニアが地下活動家のようにこっそり隠れてそういう作品を視聴するという話があった。
実際、メカ兵器好きのミリタリオタなら右派的心情になる方が自然だ。
1970年代末に爆発的人気だった『宇宙戦艦ヤマト』はかなり右派的心情だし、1980年代の『超時空要塞マクロス』の敵である文化にうとい田舎者のゼントラーディ人は、露骨に当時のソ連のロシア人のイメージだ。
1982年には、ガイナックスの前身DAICON FILMが『愛国戦隊大日本』なんてアマチュア映画を作っている。もっとも、これはあくまで右翼をパロディしたおふざけ作品だが。でも当時、冒頭に書いたような「ソ連は未来の国」と思ってた古株SFファンには、本気で怒った者もいたらしい。