電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

方々で話題の吾妻ひでお『失踪日記』を読む。

漫画家による実録人生最低体験ルポ、ということで花輪和一刑務所の中』と並べて評している人がやはり多いようだ。
花輪の『刑務所の中』に比べ、逃げも隠れもできない男の格好悪さへの踏み込みという点では、いまいち深みが足りない点も感じるが、吾妻のような、本来、オタク漫画家の元祖のような人間が、このような実録窮乏ルポを描いたというギャップを考えれば、充分、貴重な力作だとは思える。
しっかし『失踪日記』読んでまずグッと来たのが、失踪直後、野宿を始めた時の「飢え」と「寒さ」に関する描写だ。
近代まで長らく、人類にとって最大の危機は「飢え」と「寒さ」で、精神的な、孤独やらを体感的に比喩するのにもこの二つが使われることが多かった。
わたしも「ただの貧乏」なら重々よく体験している。飢えに耐えかねて恥も外聞もなくゴミ漁りをして、未開封の弁当などを見つけ小躍りする描写などは、まだあまり他人事という気がしない。
もう10年以上も前の話だが、マクドナルドでアルバイトしていた時は、ゴミ袋に入れられた廃棄処分品を隠しておいてこっそり持ち帰るのを日課としてた。
だが、体感的に夏の暑さが辛くて仕方ないということはよくあっても、「寒さ」に脅威を覚える経験はなかった。そう、貧乏してても、少なくとも住居はある、そんだけでどれだけのことがしのがれているか……。
腐ったビニールシートに包まって寒風に震える夢を見て、目を醒ましたら同じ状況だった、などという話は、涙なくして笑えない。
かような経験をした人間が、生きて帰ってきて漫画を描いてる、ということ自体が、すでに貴重な現代の奇跡だろう。