電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

BGMにはPANTAの『R★E★D』推奨☆

PHP文庫『図解 世界の紛争地図の読み方』中村恭一監修(isbn:4569667198)発売。同じくPHP文庫の『世界の神々』シリーズでは非西洋地域ばっか担当してますが、今回わたしはAREA.3ヨーロッパ(旧ソ連地域含)とAREA.5南北アメリカを担当。
この手の本、先行類書は多数ありますが、一応、文庫で手軽にわかる範囲で、2006年現在最新の内容とは自負してます。
今回アジア地域はわたしの担当ではありませんでしたが、執筆作業中に、本年夏の北方領土でのロシアによる日本漁船拿捕事件、秋の北朝鮮核実験などが起き、この手の本はつくづく難しいもんだと思いました。

義理と人情と独裁政治

今回は、80年代米ソ冷戦時代の中南米ゲリラ紛争や旧ソ連末期に噴出した民族問題の本とかを大量に読み漁ったわけだが、それで改めて痛感したことは多い。
その裏を返して思うのは、つくづく日本はたまたま運の良い近代化を遂げられたということなのだろうか、という次第。
途上国では、血縁政治、情実寡頭支配が多いが、中南米でもそれは根強い。
たとえば、内戦勃発まで43年間にも渡ってソモサ一族の独裁が続いたニカラグア、「十四家族」と俗称される一部の大地主が国内経済を独占したエルサルバドルなどが良い例で、ハイチに至っては、独裁者デュバリエの息子は20歳そこいらで政権を世襲したのだから金正日顔負けだ(ただしその後すぐに失脚した)。
さて、これはわたしの偏った知識にもとづくひとつの解釈で、断言はできないのだが、中南米のこの手の血縁政治というのは何かラテン文化の気質と関係あるのかも知れない。と、いうのは、ナチス時代のドイツでは、血縁による情実人事は少なかったが、ムッソリーニ時代のイタリアでは、血縁政治が横行したと聞くからである。
確かに、少々偏見めくが、ラテン気質と聞くと連想するもののひとつは、映画の『ゴッドファーザー』シリーズや、ベルトリッチの『1900年』などにも出てくるような、やたらみんなで飯を食う大家族主義である。この文化は、なんとなく、個室文化が発達する以前の大部屋的なローマ帝国の気質に起因するような気がする。
当然、現代の民主主義の考え方に立てば、血縁政治はケシカランとなる。だが、その内側に居る人間の気持ちでものを考えれば、親類の一人がたまたま中央政界で(軍事クーデターか何かで)権力に就いたら、その田舎の親族としては「お前一人だけ栄華を謳歌する気か? 昔はお前のこと世話してやったろうが、俺にも分け前よこせ」と言いたくなるのが、下世話だが率直な人の心情の本音である。
こういうとき、いかに血縁だろうと突っぱねるのが、寒い土地で個室が普及し個人主義の発達したゲルマン人気質だが、親族の縁を断れないのが良くも悪くも大部屋的なラテン気質なのかなあ? というイメージがある。あくまで印象だけどね。

独裁にも器という必然

で、翻って日本はどうか。
日本にも、明治維新以降、その気になればソモサ一族やデュバリエ一族のような血縁による寡頭支配を実現できたかも知れない実力者は何人かいる。
が、長州のボスだった山縣有朋でも、薩摩のボスだった大久保利通でも、その他の実力者でも、一族独裁に持ち込んだ人間はいなかった。ま、それってやっぱり、日本だと天皇制とバッティングするからってことなんだろうけど。
実際、日本の近代化の過程では、絶妙なバランスで権力が個人に集中しすぎないシステムになってたと感じる。何より、個人崇拝を産むシステムがない(これも天皇制とバッティングしたからだろうが)。
ドイツではナチス時代ベルリンに「ヘルマン・ゲーリング通り」が作られ、旧ソ連は「スターリン」の名を冠した戦車を作り、戦後のイスラエルでも「ベングリオン」という名前の戦車が作られた。んが、日本にはその手のものはない(東郷神社乃木神社はあるが、ちょっと偉い人になるとすぐ神社が作られるのは、国家政策というより、まあ昔からの民俗慣習である)。
裏を返せば、日本には大物はいない。ゆえに責任の所在がわからん文化なのだが。
さらに中南米情勢がややこしいのは、こうした政治、経済の寡頭体制に加え、人種、民族、地域問題が絡むことである。
かつて15年以上前、ペルーに初めてフジモリ政権が発足した時、よくこんな政治家経験もないポッと出の、しかも同地に住みだして歴史の浅い日系人がいきなり大統領になれたな、と不思議だったが、今回、皮肉な逆説でそれが理解できた気がする。
つまり当時のペルーではフジモリは白人でも黒人でもインディオでもなく、既存の政財界実力者の既得権とも関係ない「何でもない人」だからこそ、むしろ多様でバラバラなペルー人全員の納得する器になりえた構造だった、ということではないか。
ひどく皮肉な言い方をすると、ヒトラーが政権に就いた時に似ているかも知れない。ヒトラーも出てきた時は、旧プロイセン貴族保守主義者でもなく社会主義者でもなくドイツ人でさえないから(オーストリア出身だもん)、どこの地域派閥にも与しない、多様でバラバラなドイツ人全員の納得する器になりえた。
フジモリが大胆な経済改革や政敵排除のための自主クーデターを断行できた背景も、彼が従来のペルーの既得権益と関係ないところから出てきた人物だったという点は、大きく関係していそうだ。
とはいえ、既得権益と関係ないところから出てきた人物がそれゆえ清新とは限らないのがまた難しい。むしろ、既得権益に縛られぬがゆえ、前政権への粛清人事を容赦なく断行し過ぎて、結局、恐怖政治に行き着くケースだってある。ハイチのアリスティド政権はこのパターンで、発足した時こそ期待されたのにあっさり失脚した。
――こうして見てくると、結局、誰もが納得し、かつ善政を維持できる指導者などそうそう成立し得ないが、それも仕方ないという話になる。
つくづくもって日本はたまたま、独占的血族支配者も現れず、国内に深刻な人種民族地域対立もなく済んできたが、これは本当に運が良かったとしか言いようあるまい。それも、こうしてたまに地球の反対側にでも眼を向けねば気づけない話である。

もし「暴行殺人OK」が「みんな」の空気だったら

約1年半前日本人には「みんなに迷惑をかけない」以上の倫理観がないという問題を取り上げたら、意味不明の異常な注目を浴びたが、その一方で「『みんなに迷惑をかけない』で結構じゃないか、何が悪いの?」という疑問を持たれたようだった。
今ごろになって、その有効な返答が思い浮かんだよ。
先日知人がmixiで、1989年に起きた「女子高生コンクリ詰め殺人事件」の気持ち悪さについて言及していた。
この事件は、4人の少年(当時)グループが、さらってきた女子高生を密室に閉じ込めて集団で自分たちの奴隷として飼って暴行を繰り返して死なせた末にコンクリに詰めて死体を遺棄した、というものだ。
以前も書いたがこの事件の犯人の元少年は、出獄後も懲りずに再犯で逮捕されたという。
なんでこの犯人は反省することができないのか? そこに「みんなに迷惑をかけない」が関係する。
女子高生コンクリ詰め殺人事件の気持ち悪さは、この犯罪を行なった少年(当時)たちに、恐らく明確で主体的な「悪の意識」がなかったくさいところにある。
要するに、彼らの間には「女の子をさらって殺す」という明確な意志もなく、ただ何となく、集団のノリ勢いで女の子を捕まえてしまってから、仲間内で「この娘は独立した人格尊厳のある人間なんかじゃなくて、俺たちの共有奴隷だから何をしても良いよね」「うん、そうだよね」「右に同じく」「左に同じく」という「場の空気」の共通了解だけがあったのではないか? で、そのまま、暴行がエスカレートした末に死なせてしまって、あわくって死体処理に走った、というオチではないか。
つまり、そのとき彼らの間では「コイツは独立した人格尊厳のある人間なんかじゃなくて、俺たちの共有奴隷だから何をしても良いよね」が少年グループ四人の「みんな」の共通了解ルールだった、というわけだ。
こんな時「いや、彼女は独立した人格尊厳のある人間だ、解放しなければ!」と言えば、それこそ、その時その場における「みんな」の空気を乱すケシカラン行為となる。これはイロニーやブラックユーモアを気取って言っているのではない。

実際問題、戦時中の日本は「大日本帝国万歳天皇陛下万歳」が「みんな」の空気なんだからそれを乱すな、というのが正義、それが敗戦後は一転「民主主義万歳マッカーサー万歳」が「みんな」の空気なんだからそれを乱すな、というのが正義になっただけなのだから。
なるほど、そのときの「みんな」の場の空気に従っただけの人間では、悪の自覚もないから反省もできないだろう。
余談だが、連合赤軍永田洋子が一生反省できないのも同様の構造だろう。彼女は、じつは主体的意志で同志を殺したくて殺したというより、連合赤軍内での「みんな」が持っていた「骨の隋まで革命兵士になれないなら死んでよし」という場の空気をバカ忠実すぎるまでにバカ忠実に実行したに過ぎないのではないか。
これが酒鬼薔薇聖斗宅間守であれば、「みんな」の空気など顧みず単独で「小さい子どもを殺す」ということは既存社会の正義に反すると重々自覚してあえてわざとそれをやった人間だから、(俺は一切共感などしないが)これを逆説的に「悪のヒーロー」と呼ぶこともできるが、女子高生コンクリ詰め殺人事件の少年(当時)たちは、場の空気に逆らえなかった、ただの気の弱い情けない連中でしかない。

安倍君に提案「クラス換え法案」どうよ?

さて、昨今再熱のいじめ問題を解く鍵もこの辺にある。
小中学校でのいじめ問題というのも「みんな」の空気の問題が大きく関わっている。
今やジャイアンのようなわかりやすい暴力的な「いじめっ子」など通俗的なマンガの中にしか存在しない。いじめる側といじめられる側の差は大してないのが実像だ。
むしろ、いじめる側といじめられる側はある意味では仲間なのだが、「場の空気」によって恒常的に「いじめられ役」にさせられている、という構造であろう。
だから、ハタ目には一見それがいじめとはわかりにくいし、仲間内ヒエラルキーがそんなクッキリ明確なわけではないから、「場の空気」次第ではいじめる側といじめられる側の反転だって容易に起きえる。
ゆえに、いじめる側もいつ自分がいじめられる側に転落するかが怖くて、仲間内でもいじめをやめたり、先生に言うことが言い出せず、いじめをやめることができない、などという証言が多々ある。
――と、いうような構造的状況に対し、安倍首相直属の教育審議会は「いじめた生徒は出席停止に」と提案したそうである。

政治ニュース - 11月25日(土)14時41分
いじめた生徒は出席停止に…教育再生会議が緊急提言へ
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20061125it06.htm

阿呆か。
外部から厳罰を導入したって、せいぜいますます気まずくなるだけで、いじめを発生させる「人間関係の場の空気」を解決する方法になんかなりゃしねーっての。
いじめとはほとんど、そんな主体的な「悪の意志」によって行なわれるのではなく「場の空気」によって起きるのだから、事後的な厳罰では効果は乏しい。それよりいじめ発生の前提構造を「紛らわす」方が適切だろう。
極論すれば、例えば転校などで、そのような「場の空気」を生む固定化した人間関係を根本からリセットするのが一番だ。そこで次善の策として「校内転校」とまではいかぬが、固定化した人間関係のシャッフルとなるような「クラス換え」を(極端な場合、学期単位ぐらいで)ちょくちょく断行する、というやり方はどうか?
と、いうのは、単純物理的に「いじめ/いじめられ」グループが成立する前提を解体させれば、いじめ構造は成立しなくなる可能性は充分にあるからである。
無論、クラスが換わっても元のグループの力関係に縛られる場合、新たなクラスでもやはりいじめられる場合はあるかも知れない。だが逆に言えば、従来いじめていた側がいじめられる側に転じる可能性もあるわけで、そうなればみな人間関係の力関係は決して不変ではないと学習して、慎重にもなってくれないかなあ。
少なくとも、単純な厳罰導入なんぞより構造的に効果的だとは思うんだがねえ、どうっすか安倍さん?

すでに拠るべき祖国も属すべき階級もなく…

幻冬舎新書『右翼と左翼』浅羽通明isbn:434498000X)読了。
いつの間にそんなん出とったんか? という感じだったが、狙いどころは上手い。
2年前刊行のちくま新書『アナーキスム』(isbn:4480061746)、『ナショナリズム』(isbn:4480061738)と同様、学術的な専門家がわかりやすく書いてくれないから、その空白を狙った広い層に向けた概説書に徹したのは正解だろう。

自分自身の生きにくさを世の中全体のせいにして、世の中が変われば幸せでおもしろい日々が私にも来ると信じる。自分自身の矮小さ脆弱さを、民族だの階級だの革命だのといった偉大な使命へ自分を委ねている自覚で乗り越えた気になる。『新世紀エヴァンゲリオン』のヒット以来、自分の危機と世界全体の危機とがシンクロしてゆく物語を「セカイ系」と呼びますが『右翼』『左翼』に代表されるイデオロギーはもとより「セカイ系」だったのかも知れません。(p199)

これと同じよーな認識なら、わたし如きでもここ数年、もうずっと思ってたさ。
では、なぜそうなったのか、そうなる過程を、明治維新〜戦前どころかフランス革命期にまで遡ってバカ丁寧にという言うべきまでにしっかり説明してくれたのが、本書の(一見迂遠なようで)注目すべき点だろう。
まずフランス革命期以来、何をもって「右」「左」とするかは、時代の進歩により流動してきた、という指摘は重要。
確かに、今のフランスでは極右中の極右でも王政復古なんて言わないし、今の日本でも天皇親政なんて言う人間はいないが、それが右の主流で、逆に、今ではどんな保守派も反対しない男子普通選挙実現を要求するのが最左翼だった時代もあった。
それが、体制保守権力側が、本来の反体制派の要求していたものを「改革」として少しずつ実行するうちに、「革命」は必要なくなり、左右の決定的差異はなくなった、という図式になるようだ。
さらに、そもそもナショナリズは左翼(王権派に対する革命議会派)が言い出したもの、という点は興味深い。確かに、近代以前の軍隊は王侯貴族の私兵で「国民」意識なんてなかった中、世界最初の「国民軍」はフランス革命体制の産物だ。
ナポレオン時代を描いた池田理代子の漫画『エロイカ』を読むと、当時の欧州は、どこの国でも王侯貴族同士が姻戚関係で、その友好関係で平和が保たれてたのに、国民主権になって以降、かえって国家間(異国民間)対立が浮上したとわかる。

余談

本書で食い足りない点をあえて言えば、昭和十年代の満洲開発と戦時体制をリードした岸信介らの「革新」官僚とそれを支持した軍の青年将校たちは、思想的には「右」だが、経済政策的にはまさに国民平等の社会主義「左」そのものだった点に触れて欲しかったかな。この辺は目下『週刊新潮』で連載中の野口悠紀雄「戦時体制いまだ終わらず」でやってくれてるからあえて触れなかったのかも知れないけど。
あと、中央集権と地方分権という対立図式にも少しは触れてくれてると面白かったかも。一見、中央集権が保守的(右)、地方分権が革新的(左)と見えるが、アメリ南北戦争自由主義奴隷解放を唱えた北軍は中央集権、大地主保護と奴隷制度を唱えた南軍は地方分権派だった。
中央集権は地域の伝統を無視して均一な国家開発を進めるからむしろ近代的、郷土ナショナリズムにこだわる地方分権こそ復古的前近代的という皮肉な構図がある。
ドイツでもプロイセン帝国の「前近代的」な地方分権を終わらせたのが「近代的」なナチスだった逆説ですからね。
でもまあ、このへんの話は、すでに全国均一に開発が進んでしまった戦後日本に引き寄せて語る意味が乏しいか。
あと、この本の巻末には浅羽先生が参考に使った本が紹介されてますが、その中にない一冊として、近代フランス右翼の変遷などにちょっと興味の湧いた人には、中公新書ファシスト群像』長谷川公昭(isbn:412100664X)をお勧めしときます。
この本は「ヒトラームッソリーニ以外の」欧米の泡沫右翼政治家を概説したもので、浅羽先生が触れてたフランスでの王政復古派→反ユダヤ右翼、さらには戦時中の親独右翼の流れを詳しく説明してくれてるほか、挙国一致軍事独裁者(ポーランドのピウスツキー)、立憲君主ファシスト体制(ルーマニアのカロル二世)、キリスト教右翼(アメリカのカフリン神父)など、右翼指導者にもいろいろあることがわかって実に面白いです。

では、理念を形骸でなくする方法とは

このブログでは過去何度も書いたが、今や右も左も形骸化しているといえる理由は、みな口では自分と敵対する側を非難口撃しても、じゃあ国家のため、あるいは革命のため、我が身を張る気概があるかというと、まったく感じられないからである。
右でも左でも理念を盲信する狂信が良いとは言わないが、理念が何もなく利便と功利だけになると人間が堕落する。
さて、かつて思想や宗教や伝統的慣習が血肉を持って生きていた時代というのは、空理空論でなく、たとえば収穫祭なり隣組の防空訓練なり、体を動かす集団参加の儀礼性があった。それがいざという時は助け合う地域や血縁の連帯意識の拠り所にもなっていたはずである。
で、そうした「行動を伴う理念」を復活させようとか言うと、ファシズム的強制に堕する危険はある。とはいえ、わたしが数年前付き合わされたマルチ風商法の集会の昂揚などを思い返すと、本当のところは、伝統土着から切り離され、革命を起こす覇気もない、現在の砂のような大衆にも、しかしむしろだからこそ「行動を伴う理念」への潜在需要はあるような気がする。そう、それが自分に優越感を与えてくれる限りは。
カルト宗教や悪徳商法の昂揚感にハマるよりは、かつてあった儀礼性文化の健全なの復活を目指した方がよほどマシだ。ではその方途は…といったあたりを現在、宿題として模索中。
――とか偉そうに言ってる俺も、よく考えたら今年の盆は墓参り行ってねえし(←ギャフン)