電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

8.『土と兵隊』『麦と兵隊』

火野葦平:著(isbn:4101008019
仕事のため読んだ本の中で印象深かったのが本作。戦後に書かれた戦争文学は、大東亜戦争の結末を踏まえているためか、軍隊に批判的な物が多いが、まさに戦時中リアルタイムに戦場を見た人間の視点で書かれているのが、日中戦争の従軍記として書かれた本作品。
陸軍公認の従軍作家が書いたものなんだから、当然軍に批判的なトーンはなく最前線の兵士に同情的だが、またーにさりげなく戦場の悲惨さが描き込まれてるから侮れない。
「藁を高く積み重ねた蔭に、一人の老婆が膝の中に八つ位の女の子を抱えこんで震えていた。少し向こうの藁家の中でぎゅっと杖を握りしめた皺の深い老人が何か気が抜けたようにぽかんと立っていた。私が銃を擬して現われると、老婆は一層深く子供を包みこみ、おどおどした深い恐怖の眸をして私を見た。私は、お婆さん、気の毒だな、しかし、お婆さんはどうして戦争の始まる前に逃げなかったのだ、と、日本語で云った。そこら辺一帯の耕作された畠や、積まれた実のついている稲の山などが目に入り、逃げずにおった理由が判ったように思った。私はその痛ましさを見るに耐えなかった。」
戦場にいたのは英雄ばかりではないのだ。